ウィーンに生まれた。弟は作曲家のフランツ・タイバーである。神聖ローマ皇帝の子女を教える役を仰せつかり[2]、その後はドレスデンの歌劇場やウィーンの宮廷で働いた。作曲家としては2曲のコルノ・ダ・カッチャ協奏曲で名高い。モーツァルトがベルリン旅行中の1789年には、モーツァルト、ニコラウス・クラフトと共演している。ウィーンにて没。
娘のエレーナはウィーンに生まれてヤシ音楽院で教授となり、同地で1827年から1863年にかけてピアニスト、作曲家として知られた。彼女は詩人のゲオルゲ・アサキ(英語版)と結婚した[3]。