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アンドリー・イェルマーク

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アンドリー・イェルマーク
Андрій Борисович Єрмак
ウクライナ大統領府長官
任期
2020年2月11日 – 2025年11月28日
大統領ウォロディミル・ゼレンスキー
前任者アンドリー・ボフダン[1]
後任者キリーロ・ブダノフ
個人情報
生誕 (1971-11-21) 1971年11月21日(54歳)
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 キーウ
国籍 ウクライナ
政党無所属
教育キーウ大学[2]
職業弁護士、映画プロデューサー

アンドリー・ボリーサヴィチ・イェルマーク(ウクライナ語: Андрій Борисович Єрмак、1971年11月21日 - )は、ウクライナの映画プロデューサー、弁護士。2020年から2025年までウォロディミル・ゼレンスキー大統領の下でウクライナ大統領府長官を務めた[1][3]。キーウ出身[2]。報道では「イエルマク長官」などと表記される[4]。

1971年11月21日、当時ソ連だったウクライナのキーウに生まれる[2]。イェルマークの母はロシア生まれで、ユダヤ系ウクライナ人であるイェルマークの父とはレニングラードの学校旅行でキーウを訪れた際に共通の知人を介して知り合い[5][5]、1971年に結婚してキーウに移り住んだ[5]。

1990年にタラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学(キーウ大学)に入学、国際私法の学位を取得して1995年に卒業し[2][5]、同年弁護士資格も取得した[2]。大学2年次に教員からの呼びかけでプロキセン(Proxen)法律事務所での仕事も初めている[5]。

1997年に国際法律事務所を開設し、知的財産権と商法の分野で弁護士業務をはじめた[1]。2006年から2014年までは、弁護士業務の一環としてウクライナ地域党の議員エルブラス・テデエフを補佐した[6][1]。また2010年ウクライナ大統領選挙では、キーウ第216区で候補者アルセニー・ヤツェニュクの代理人を務めた[5]。

2012年、ガーネット・インターナショナル・メディアグループを設立し[7]、映画『Rule of Battle(ウクライナ語版)』や『The line』などのプロデューサーを務めた[8]。

後にウクライナ大統領となるウォロディミル・ゼレンスキーとは、ゼレンスキーがTVチャンネルInterのゼネラルプロデューサーをしていた2011年ごろに知り合い[6]、二人は友人となった[6]。

2019年ウクライナ大統領選挙ではイェルマークはゼレンスキーの選挙対策本部に入っている[5]。

大統領となったゼレンスキーは、2019年5月21日にイェルマークを外交担当大統領補佐官に任命[1]。ドンバス戦争中にはイェルマークはロシアとの捕虜交換交渉にあたった[9]。米トランプ大統領のウクライナ疑惑の際は、ゼレンスキーの代理として米ウクライナ特別代表カート・フォルカー(英語版)およびルドルフ・ジュリアーニとの連絡窓口となった[10]。

2020年2月11日、ゼレンスキー大統領によりウクライナ大統領府長官に任命される[1]。その翌日にはウクライナ国家安全保障・国防会議のメンバーとなった[11]。

2025年11月28日、国営原子力企業を舞台にした汚職事件に絡み、自宅が家宅捜査を受けた。同日、ゼレンスキー大統領はイェルマークを解任した[3]。

家族

脚注

外部リンク

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