アンドレア・サバティーニ
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イタリア南部のサレルノで生まれたとされるが、初期の生涯については知られていない。18世紀にナポリの芸術家の伝記を出版したベルナルド・デ・ドミニチ(Bernardo de' Dominici:1683-1759)は1480年代に生まれたとしているが、別の歴史家は1489年から1490年の生まれとしている[1] 。1510年ころまでにはナポリで画家の親方として働いていた[1] 。デ・ドミニチはサバティーニはナポリの画家、ライモンド・エピファニオ(Raimondo Epifanio: 1440-1482)の弟子であったとしている。
残されている作品の中で最古とされるのは1508年作のテッジャーノのサンタンドレア教会(Chiesa di Sant'Andrea)の聖母子と聖人の三連祭壇画であると考えられていて[1] 、初期の作品には、ピントゥリッキオ(1454-1513)やペルジーノ(c.1448-1523)の影響を受けていた。修行のためにローマに移り、ラファエロ・サンティ(1483-1520)のもとで働いたとする学者もいる。
1527年におきたスペイン王カール5世の軍勢による「ローマ劫掠」を逃れてナポリに移ってきたラファエロの弟子のポリドーロ・ダ・カラヴァッジョ(Polidoro da Caravaggio: c.1499-1543)とも働いた。
晩年はモンテ・カッシーノの修道院で弟子のジョヴァンニ・フィリッポ・クリスクーロ(Giovanni Filippo Criscullo)らと働き、ガエタのサンティシマ・アヌンツィアータ聖堂(Basilica della Santissima Annunziata)でも働き、ガエタで亡くなった。