アンナ・ドロテア・テルブッシュ
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ベルリンで生まれた。父親のGeorg Lisiewskiは現在のウクライナのオレシコ(Olesko)生まれの画家で、プロイセン王、フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の宮廷画家を務めた人物である。姉のアンナ・ロジーナ(Anna Rosina de Gasc: 1713-1783)と弟のクリストフ(Christoph Friedrich Reinhold Lisiewsky:1725-1794)とともに父親から絵を学んだ。プロイセンの宮廷画家、アントワーヌ・ペーヌからも学んだと考えられる。
1742年に、ベルリンの旅館のオーナーと結婚し、7人の子供を生み、子供たちを育てた間、夜だけに絵を描いて技術を維持した。[1]
1761年にシュトゥットガルトのヴュルテンベルク公、カール・オイゲンの宮廷画家に任じられ、宮殿に装飾画を描いたが、後に宮殿の火事で失われた。1762年に新たに設立されたシュトゥットガルトの芸術アカデミーの会員に選ばれた。1764年にはプファルツ選帝侯、カール・テオドールの宮廷画家としてマンハイムで働いた。
1765年にパリに移り、王立絵画彫刻アカデミーで作品を展示し、美術評論家ドゥニ・ディドロらと交流し、1767年に王立アカデミーの会員に選ばれたが、経済的にパリでは成功することができず、1768年か1769年にはブリュッセルやオランダを旅してベルリンに戻った。ベルリンではプロイセン国王、フリードリヒ2世の筆頭宮廷画家に任じられ、サンスーシ宮殿の装飾画を描いた。[2]
61歳でベルリンで死去した。