アンナ・バルバラ・バンシ
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スイス東部、グラウビュンデン州のFläschで福音派の牧師の娘に生まれた。貧しい境遇のため6歳の時、チューリッヒの慈善家が後見人になり、1786年に後見人とパリに移った[1] 。パリで絵画をフランソワ・ジェラールやジョセフ=ブノワ・スヴェーに学んだ。1798年にパリのサロンに初めて出展した。ジョセフ=ブノワ・スヴェーが在ローマ・フランス・アカデミーの院長としてローマに赴任した後、1802年にイタリアに移った。一時期、ナポレオンの母親マリア・レティツィア・ボナパルトの侍女を務めた[2]。イタリア滞在中にローマ・カトリックに改宗した。1806年からローマに滞在した有名な画家になるジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル (1780-1867)はアンナ・バーバラ・バンシの素描を描き、この作品は現在ルーブル美術館に所蔵されている[1]。
1808年にイタリアの外科医ロレンツォ・ナンノーニと結婚したが1812年に夫は亡くなった[3]。2年後パリに戻り、パリのサロンでマダム・ナンノーニの名前で、作品を展示した。1815年にパリ郊外のサン=ドニの女子寄宿学校の教師になり、1823年からサント・クロチルド聖堂の神学校で絵画の教師を務めた。
1863年にパリで亡くなった。