- ジャック=アンリ・ベルナルダン・ド・サン=ピエール『ポールとヴィルジニー』(Paul et Virginie)- 物語は朽ち果てた住居の持ち主を尋ねる若者に老人が答える形で始まる。モーリシャス島で暮らす二つの家族があり、それぞれの家族の子であるポールとヴィルジニーは幼馴染として思春期を共に過ごしてきた。幼少期のモーリシャス島での生活は牧歌的で豊かな自然に囲まれた完全な楽園であったが、思春期からは植民地の過酷な奴隷の実態への関わり、ヴィルジニーのポールへの恋心と恋の自覚のないポール、ヴィルジニーが権利を持つフランスの富豪の遺産と大叔母の干渉、ヴィルジニーの学業の関心とあくまでも朴訥なポールなど、好意を持ちながらも二人の関係には見えない変化が生まれていく。それでもヴィルジニーの想いを受けて両家の家族はヴィルジニーはポールとの結婚を考え始めるが、司教や知事など周囲から年若いことで反対され、またヴィルジニーを遺産の継承に利用したい大叔母の画策とヴィルジニーの学業への関心から、ついにヴィルジニーはフランスへ帰国させられてしまう。一方、ヴィルジニーを島で待ち続けるポールだが、初めて離れ離れとなったことでようやくヴィルジニーを案じる強い焦燥が自身の恋心であることに気づき、それを伝えるため読み書きを学んで苦労してフランスへと手紙を送る。叔母の妨害により途絶えていたヴィルジニーの手紙もいくつかの工夫と助けによってポールに届くようになる。こうして二年の月日を経て、ついにヴィルジニーはモーリシャスに帰るためサン=ジェラン号に乗船する。知らせを受けて港で待ち続けるポールの元に、ようやくサン=ジェラン号は港から見えるまでに近づきフランスからの航海を終えようとしていた。しかし不意の嵐によって船は港から引き離され、ついにポールの目前でアンブル島の岩礁に乗り上げて難破し、かろうじて投げ込まれた係船索も荒れ狂う海によって引き裂かれてしまった。沈みゆくサン=ジェラン号。その船尾にヴィルジニーの姿を認め、ポールは海に飛び込み彼女の元へ向かっていく。必死に泳ぎ続けるポールにヴィルジニーも手を伸ばすが、その時一際巨大な波が襲いかかってヴィルジニーは海底へ引きずりこまれ、ポールだけが生き残ってしまう。嵐の後、ポールは浜辺でヴィルジニーの亡骸を見つけ出すことができたものの、愛する者の死を突きつけられ、ただ打ちひしがれるしかなかった[3]。
1744年8月18日、フランス東インド会社からモーリシャスへ向けて出港したサン=ジェラン号がアンブル島近海で生存者9名に対し、乗組員、乗客、奴隷合わせて死者220名及ぶ沈没事故を起こした[3]。ジャック=アンリ・ベルナルダン・ド・サン=ピエールはその事故から着想を得ており、『ポールとヴィルジニー』作中の船舶にも同名のサン=ジェラン号を用いている[4]。