アンリ・ド・ラカーズ・デュティエ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ロット=エ=ガロンヌ県モンペザ生まれ。パリ大学で医学を学び、アルマン・トルソー(Armand Trousseau)のもとでNecker Hospitalで働いた。ジュール・アイメ(Jules Haime)と地中海のバレアレス諸島に海洋生物の調査を行った。1854年にパリ自然史博物館のアンリ・ミルヌ=エドワールの助手となり、そのしばらく後にリール大学の動物学の教授となった。1865年にアシル・ヴァランシエンヌ(Achille Valenciennes)の後任として、パリ自然史博物館の貝類、植虫類の部門の研究員となり、1868年にパリ大学の教授となった。1871年にフランス科学アカデミーの会員に選ばれた。
サンゴや貝類などの海洋生物の解剖学や発生などの研究で知られ、1864年に『サンゴの自然史』("Histoire naturelle du corail")を発表した[2] 。1872年にロスコフ生物学研究所、1882年にバニュルス=シュル=メール海洋学研究所(Observatoire océanologique de Banyuls-sur-Mer:またはLaboratoire Arago)を創設した。1872年に学術誌 "Archives de zoologie expérimentale et générale" を創刊した[3]。1897年王立協会外国人会員選出。
溝腹綱の種、Strophomenia lacazeiなどに献名されている。
