アンリ・ラボー From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1873年11月10日 フランス共和国、パリ死没 (1949-09-11) 1949年9月11日(75歳没) フランス、ヌイイ職業 作曲家、音楽教育者アンリ・ラボーHenri Rabaud 基本情報生誕 1873年11月10日 フランス共和国、パリ死没 (1949-09-11) 1949年9月11日(75歳没) フランス、ヌイイ職業 作曲家、音楽教育者 ポータル クラシック音楽 アンリ・ラボー(Henri Rabaud, 1873年11月10日 パリ - 1949年9月11日 ヌイイ)は、フランスの作曲家・音楽教育者。 チェロ教師の父と声楽家の母をもち、他の一族も錚々たる顔ぶれの音楽家であった。パリ音楽院で楽理をアンドレ・ジェダルジュに、作曲をジュール・マスネに師事。1920年にフォーレ勇退後のパリ音楽院院長に就任。サン=サーンスの流れを汲む保守的な作曲家で、「モダニズムは敵なり」というモットーを掲げていたことで知られる。指揮者としても名を残し、パリ・オペラ座やボストン交響楽団で活躍した。 創造的な音楽家としては、フォーレの4手のためのピアノ組曲《ドリー》を管弦楽用に編曲したことで名を残しているにすぎないが、ワーグナーやリストの和声法をとりいれたいくつかの繊細な交響詩(《ウェルギリウスの詩による「牧歌」Eglogue》、《「ファウスト」による夜の行列 Procession nocturne》)は、美しさゆえに再評価されてよい。ほかに、16世紀イングランドのヴァージナル楽派の作品に基づく《管弦楽のためのイングランド組曲》や、《ロシア民謡によるディヴェルティメント》といった、古い時代や異国の主題による編曲や変奏曲がある。オペラ《マルーフ、カイロの靴屋(英語版) Mârouf, savetier du Caire》は、当時流行のオリエンタリズムに便乗し、一時的に成功した作品であるが、同時代のより進歩的な作品(ストラヴィンスキーの《火の鳥》やデュカスの《ラ・ペリ》など)にくらべると、明らかに発想は安易で、表現は皮相である。 アイルランドの詩人ジョン・ミリントン・シングの戯曲『海に騎(の)りゆく人々 Riders to the Sea』や、1925年の映画「棋士 Joueur d'échecs」に付随音楽を提供した。 外部リンク アンリ・ラボーの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト アンリ・ラボー Henri Rabaud (1873-1949) - ウェイバックマシン(2001年11月29日アーカイブ分) 表話編歴ボストン交響楽団常任指揮者・音楽監督等 ジョージ・ヘンシェル1881-1884 / ヴィルヘルム・ゲーリケ1884-1889 / アルトゥル・ニキシュ1889-1893 / エーミール・パウア1893-1898 / ヴィルヘルム・ゲーリケ1898-1906 / カール・ムック1906-1908 / マックス・フィードラー1908-1912 / カール・ムック1912-1918 / アンリ・ラボー1918-1919 / ピエール・モントゥー1919-1924 / セルゲイ・クーセヴィツキー1924-1949 / シャルル・ミュンシュ1949-1962 / エーリヒ・ラインスドルフ1962-1969 / ウィリアム・スタインバーグ1969-1972 / 小澤征爾1973-2002 / ジェームズ・レヴァイン2004-2011 / アンドリス・ネルソンス2014- 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 ノルウェー スペイン フランス BnF data ドイツ イタリア イスラエル フィンランド ベルギー アメリカ スウェーデン ラトビア 日本 チェコ オランダ ポーランド バチカン 学術データベース CiNii Books CiNii Research 芸術家 MusicBrainz 人物 BMLO ドイッチェ・ビオグラフィー その他 RISM SNAC IdRef Related Articles