アン・カーソン
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トロント大学で古典文学を学び、1974年に学士号、1975年に修士号を取得した。スコットランドのセント・アンドルーズ大学に留学し、K. J. ドーヴァーの下で音韻学を学んだのち、1981年にトロント大学で文学博士号を取得[1]。創作の傍ら、1980年から1987年までマギル大学、ミシガン大学、プリンストン大学で教鞭を執った。プリンストン大学在籍時には、短い講演のように特定の主題について散文で述べる「ショート・トーク(Short Talk)」という詩的形式を考案し、それ以降のカーソン作品を特徴づける形式になった。
1998年に発表した『赤の自伝』(原題はAutobiography of Red)は、詩集としては驚くほどの売れ行きを示し、さらには全米批評家協会賞にノミネートされた[2]。2000年、アン・カーソンは「天才賞」と呼ばれるマッカーサー・フェローに選ばれ[3]、2001年には、The Beauty of the Husband により女性として初めてT・S・エリオット賞を受賞した[4]。イギリスの有名ブックメーカーNicer Oddsのノーベル文学賞受賞予想ランキングでは、2019年に上位に名前が挙っている[5]。2024年に発表したWrong Norma は、2024年度の全米図書賞の候補になっただけでなく[6]、全米批評家協会賞を受賞した[7]。
日本語訳作品
- 『赤の自伝』(小磯洋光訳、書肆侃侃房) 2022 ISBN 978-4-86385-539-7