アン・マレー

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出生名 モーナ・アン・マレー
生誕 (1945-06-20) 1945年6月20日(80歳)
出身地 カナダの旗 カナダノバスコシア州スプリングヒル
ジャンル
アン・マレー
1971年撮影
基本情報
出生名 モーナ・アン・マレー
生誕 (1945-06-20) 1945年6月20日(80歳)
出身地 カナダの旗 カナダノバスコシア州スプリングヒル
ジャンル
職業 歌手
担当楽器
活動期間 1970年 - 2008年
レーベル
公式サイト Anne Murray - Official Website
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モーナ・アン・マレー英語: Morna Anne Murray CC ONS1945年6月20日 - )は、カナダノバスコシア州スプリングヒル出身の元歌手。ポップスやカントリーのジャンルで活動。

デビューする前は高校で体育教師をしていた[2]

1970年、初のヒット「スノーバード」が米ビルボードHOT100で8位まで上昇し、ゴールド・レコードに認定された[3][4]ケニー・ロギンズは、彼女の72年末発売、73年にヒットした「ダニーの歌」[5]を提供している[6]。74年度にはグラミー賞の最優秀「カントリー」女性歌手賞を受賞。74年には「ユー・ウォント・シー・ミー」もヒット。「辛い別れ」(ランディ・グッドラム作)で78年度グラミー賞の最優秀ポップ女性歌手賞を受賞。

「辛い別れ」(ユー・ニーディド・ミー)は米ビルボード誌HOT100で第1位を記録した。これはカナダ出身の女性ソロ・シンガーとしては史上初の快挙である。これ以降も「思い出にさようなら」(カーペンターズと競作。全米12位)、79年の「ブロークンハーテッド・ミー」(全米12位)、80年の「デイドリーム・ビリーバー」(モンキーズのカバー。全米12位)、「踊りましょう」(映画『アーバン・カウボーイ』挿入歌)など、バラードを中心にヒット曲を連発した。

2007年にはセリーヌ・ディオンサラ・ブライトマンら豪華なゲスト陣を迎えたアルバム“Duets - Friends & Legends”を発表。

2008年、引退を発表[7]。最終作は同年のクリスマス・アルバム。2022年にはドキュメンタリーが公開され、久々に表舞台に姿を現した[7]

エピソード

往年のヒット曲を数多く取り上げている。ビートルズの「ユー・ウォント・シー・ミー」「デイ・トリッパー」「すてきなダンス」、前述のモンキーズの「デイドリーム・ビリーバー」、エヴァリー・ブラザーズの「ウォーク・ライト・バック」(アンのバージョンの邦題は「淋しい日々」)など。逆に彼女のデビュー・ヒット「スノーバード」はエルヴィス・プレスリーによってカバーされている。

「辛い別れ」(原題:"You Needed Me")は1980年、TBS金曜ドラマ幸福』(脚本:向田邦子)の主題歌に採用された。「辛い別れ」の日本盤シングル・ジャケットには、アン・マレーの写真のみを使用した通常のものと、『幸福』の出演者である岸恵子らが写ったものがある。

ディスコグラフィ

  • スノーバード 日本 1970 CAPITOL/東芝EMI CP-80149
  • 一番大切なもの 日本 1974 CAPITOL/東芝EMI ECS-80094
  • トゥゲザー 日本 1975 CAPITOL/東芝EMI ECS-80356
  • 愛のゆりかご 日本 1977 CAPITOL/東芝EMI ECS-81213
  • 愛の残り火 日本 1979 CAPITOL/東芝EMI ECS-81272
  • 倖わせの岸辺 日本 1980 CAPITOL/東芝EMI ECS-81319
  • 夢を求めて 日本 1981 CAPITOL/東芝EMI ECS-91020
  • AN MURRAY'S GREATEST HITS USA 1980 CAPITOL SOO-12110

ほか

日本公演

出典

関連項目

外部リンク

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