アーウィン・アレン
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コロンビア大学、ニューヨーク市立大学に学ぶ。当初はジャーナリスト。その後、ラジオ番組のプロデューサーからテレビ界へと転進。TVのSF番組として知られる『宇宙家族ロビンソン』(1965年 - 1968年)のヒットにより映画の仕事も手がけるようになる。TVでは他に『原子力潜水艦シービュー号』(1964年 - 1968年)、『タイムトンネル』(1966年 - 1967年)、『巨人の惑星』(1968年 - 1970年)を製作。
代表的な映画に『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)がある。この2作品は大ヒットとなり、パニック映画ブームのきっかけともなった。 『スウォーム』(1978年)、『ポセイドン・アドベンチャー2』(1979年)では自ら監督を務める。しかしこの2作品は興行的には振るわなかった。
1952年にはドキュメンタリー映画"The Sea Around Us"でアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞してもいる[2]。「パニック映画の巨匠 (Master of Disaster) [1]」と呼ばれるほど、この分野の映画史上の傑作の多くにかかわっている。
巨匠と呼ばれるまでの地位を築いたアレンだが、最後の作品となる『世界崩壊の序曲』(1980年)では「タワーリング・インフェルノ」の脚本家スターリング・シリファントを3作ぶりに起用、充実したスタッフ、そしてポール・ニューマン、ウィリアム・ホールデン、アーネスト・ボーグナイン、レッド・バトンズ、ヴェロニカ・ハメル、シーラ・アレンなど、かつてアレン作品に出演経験のあるキャストを結集し、2000万ドルの予算をかけ製作。しかし興行収入は170万ドルという惨憺たる結果になり、映画制作から撤退を余儀なくされた(失敗の原因は世界崩壊の序曲の項が詳しい)。
監督作品
- 失われた世界 The Lost World (1960)
- 地球の危機 Voyage to the Bottom of the Sea (1961)
- 気球船探険 Five Weeks in a Balloon (1962)
- 海底都市 City Beneath the Sea (1971)
- タワーリング・インフェルノ(アクションシーンのみ) The Towering Inferno (1974)
- スウォーム The Swarm (1978)
- ポセイドン・アドベンチャー2 Beyond the Poseidon Adventure (1979)