アーザル・カイヴァーン
From Wikipedia, the free encyclopedia
「アーザル・カイヴァーン」という名前は「炎の土星」を意味し、ゾロアスター教徒名としてもイスラーム教徒名としても珍しい[1]。おそらくは尊号(ラカブ)である[1]。
アーザル・カイヴァーンの生涯について、詳細なことはわかっておらず、知られていることのほとんどは、その弟子たちが書いた聖典からの引用である[2]。アーザル・カイヴァーン学派の聖典の一つ、『ダサーティール』によれば、アーザル・カイヴァーンは、カヨーマルト王や英雄フェリドゥーンの末裔であるアーザル・ガシャースブ(Azar Gashasb)の息子である[2]。そして「古代イランの預言者らによる預言」によると、カヨーマルト王は大いなる預言の周期が開始されたまさにその時点に現れた人物であり、始祖なるアダムその人に他ならない、とされる[2]。また、アーザル・カイヴァーンの母の名前はシーリーンといい、公正なるホスロー・アノーシルヴァーンの末裔である、とされる[2]。
アーザル・カイヴァーン学派の聖典の一つ、『ダベスターネ・マザーヒブ』によると、アーザル・カイヴァーンは幼い頃から瞑想にふける生涯を送る兆しがあった[2]。眠っているときに見た夢や白昼に幻視した夢の中で、古代イランの賢人たちに会い、さまざまなことを教わったため、マドラサでは何を聞かれても並外れた答えを返した[2]。そのため「諸学を修めた者」(ズル・ウルーム)というあだ名を得た、とされる[2]。
『ダサーティール』や『ダベスターネ・マザーヒブ』などの複数の聖典をつき合わせて検討してみると、彼は最初、パールス地方のイスタフルにいて、そこで30年から40年の間、弟子たちと共に修行していた[2]。1570年ごろ、ムガル朝のアクバル・シャーの宗教改革に魅力を感じてエスタフルからパトナへと移住した[2]。その後、85歳前後で、同地にて没した[2]。