アーネスト・ブラマ From Wikipedia, the free encyclopedia 誕生 1868年3月20日 イギリス マンチェスター死没 1942年6月27日 イギリス ロンドン、ハマースミス職業 作家ジャンル ミステリーアーネスト・ブラマErnest Bramah 誕生 1868年3月20日 イギリス マンチェスター死没 1942年6月27日 イギリス ロンドン、ハマースミス職業 作家ジャンル ミステリー代表作 『マックス・カラドス』デビュー作 『カイ・ルンの財布』 ウィキポータル 文学テンプレートを表示 アーネスト・ブラマ(Ernest Bramah, 1868年3月20日 - 1942年6月27日)はイギリス出身の作家。本名はアーネスト・ブラマー・スミス(Ernest Brammah Smith)。 イギリスのマンチェスター郊外に生まれ、農場経営に従事。資産家になった父の援助を受けながら執筆活動を開始し、ジェローム・K・ジェロームの秘書を務めたのちに本格的な創作活動に入る。アラビアン・ナイト風の奇譚を集めた連作「カイ・ルンの財布」や盲目の探偵マックス・カラドス[1]の生みの親として知られている[2]。 プライベートを一切公にしなかったため、詳細な人となりが長く知られなかった。後半生はロンドン郊外のハマースミスで妻と共に暮らし、1942年に同地で死去。彼の死後、夫人により彼の出版作品のコレクションがハマースミスの図書館に寄贈された。 ディストピア小説の「What Might Have Been」(1900年)は、ジョージ・オーウェルの「1984年」に影響を与えた。また、イギリスの銅貨について論じた「English Regal Copper Coins」(1929年)は、現在もアンティークコインのオークション市場において引用される。 主な著作 マックス・カラドスもの Max Carrados(1914年) 第1短編集。『マックス・カラドス』 The Eyes of Max Carrados(1923年) 第2短編集。『マックス・カラドスの事件簿』(東京創元社、1978年) The Specimen Case(1924年) 第3短編集。『標本ケース』。カラドスものはThe Bunch of Violets 「スミレの花」のみで残りはノンシリーズの作品[3]。 The Bravo of London (1934年)カラドス唯一の長編。『ロンドンの喝采』 カイ・ルンもの The Wallet of Kai Lung (1900年)連作。『カイ・ルンの財布』 脚注 [脚注の使い方] ↑ ロンドンのメシュイン社で出版 ↑ 「名探偵登場2」(HPB251、早川書房)、「世界短編傑作集2」解説(東京創元社、 創元推理文庫180-1) ↑ 「マックス・カラドスの事件簿」経歴及び著作リスト(東京創元社、 創元推理文庫180-1) 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI 2 VIAF WorldCat 国立図書館 ノルウェー スペイン フランス BnF data ドイツ イタリア イスラエル ベルギー アメリカ 日本 チェコ オーストラリア 韓国 オランダ 2 ポーランド 学術データベース CiNii Books CiNii Research 人物 Trove(オーストラリア) 1 その他 SNAC IdRef Related Articles