イェジ・クリウォヴィチ

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イェジ・クリウォヴィチ[1]ポーランド語: Jerzy Kuryłowicz1895年8月26日1978年1月28日)は、ポーランド言語学者。特にインド・ヨーロッパ語族の研究で知られる。

クリウォヴィチはオーストリア=ハンガリー帝国のシュターニスラウ(現在のウクライナイヴァーノ=フランキーウシク)に生まれた。第一次世界大戦後、独立したポーランド第二共和国ルヴフ大学(リヴィウ大学)で言語学を学んだ。奨学金を得て1年間パリに留学した。帰国後、ルヴフ大学のインド・ヨーロッパ語言語学とロマンス語文献学の教授に就任した。

第二次世界大戦後はルヴフがソ連領になったため、1946年にヴロツワフ大学に移った。1948年からはクラクフヤギェウォ大学で一般言語学の教授として教え、1965年に退官した。

業績

クリウォヴィチは1878年にフェルディナン・ド・ソシュールの予測した「インド・ヨーロッパ祖語にソナント的な付加音があった」という仮説[2]ヒッタイト語を利用して喉音理論として発展させた。

クリウォヴィチは1927年以降喉音理論に関する論文を発表し、1935年の著書『Études indoeuropéennes』にまとめた。同年に少し異なる理論を提出したエミール・バンヴェニストと並んで、クリウォヴィチは喉音理論の創始者のひとりとなった。クリウォヴィチはインド・ヨーロッパ祖語に ə̯1, ə̯2, ə̯3, ə̯4 を仮定し、このうち ə̯2, ə̯3 の2つがヒッタイト語で となって現れているとした[3]

ほかに母音階梯などの研究でも知られる。インド・ヨーロッパ語のほかにセム語の研究も行った。

主な著作

脚注

参考文献

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