イエスの塗油

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「イエスと香油を塗る女」(サンクト・ペテルブルク救世主教会)

イエスの塗油(イエスのとゆ、古希: τὸ χρῖσμα τοῦ Ἰησοῦ: Unctio Iesu)は、新約聖書福音書に記されている、イエス・キリストがおそらくベタニアのマリアによって頭からまたは足に香油を注がれた出来事である。この出来事はキリスト教において、イエスがメシア(油注がれた者)であることを象徴するもののうちの一つとして理解される。

マタイによる福音書26章、マルコによる福音書14章の記述によれば、この出来事は過越祭の二日前に起きた。ヨハネによる福音書12章では、過越祭の六日前以降に、ラザロもまた住んでいたベタニヤというオリーブ山南東の村で起きたと書かれている。

マタイ福音書とマルコ福音書は香油を塗った女の名を記していないが、ヨハネ福音書はその女がベタニアのマリアであり、ベタニアのマルタとラザロの姉妹であると記している。

ルカによる福音書の記述は他の三つの福音書のものと大きく異なっており、別の「女性による塗油の出来事」である可能性が指摘されている。7章では名前が書かれていない「罪の女」が登場する。この記述はカファルナウムおよびナイン英語版におけるイエスの北部宣教の記述に隣接されている。

神に従うことを愛し、逆らうことを憎むあなたに
神、あなたの神は油を注がれた
喜びの油を、あなたに結ばれた人々の前で。
あなたの衣はすべて
ミルラ、アロエ、シナモンの香りを放ち
象牙の宮殿に響く弦の調べはあなたを祝う。
詩篇45編8–9節(新共同訳)

四福音書の記述

並行箇所:マタイ26:6–13マルコ14:3–9ヨハネ12:1–9(、ルカ7:36–50)。

マタイによる福音書

さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」
マタイによる福音書26章6–13節(新共同訳)

マルコによる福音書

イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」
マルコによる福音書14章3–9節(新共同訳)

ヨハネによる福音書

過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」
ヨハネによる福音書12章1–9節(新共同訳)

ルカによる福音書

さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。
ルカによる福音書7章36–50節(新共同訳)

四福音書の記述の整合

場所

マタイ福音書、マルコ福音書、ヨハネ福音書は、この出来事がユダヤのベタニヤという村で起きたと記している[1]。前の二者は、これが皮膚病患者のシモンの家で起きたとしているが、ルカ福音書はファリサイ派のシモンの家でイエスが夕食に招かれた際に起きたとしている。また、ルカ福音書7章の「罪の女」(36節〜)は、同章11節のナイン英語版という「町」(古希: πόλις)に関連付けられることがある一方で、ルカ福音書10章38節の姉マルタ妹マリアは「村」(古希: χώμη)に住んでいたと書かれている[2]

ベタニアのマリア

マタイ福音書、マルコ福音書、ヨハネ福音書は全て同じ女性(ベタニアのマリア)について述べている。

「罪深い女」

ルカ福音書の記述では、名前が明らかにされていない「罪深い女」が登場する。

ベタニアのマリアと「罪深い女」の混同または同一視

解説

脚注

関連項目

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