イグナーツ・フォン・ベーケ
From Wikipedia, the free encyclopedia
フランツ・イグナーツ・フォン・ベーケ(Franz Ignaz von Beecke 1733年10月28日 - 1803年1月2日)は、ドイツの作曲家。神聖ローマ帝国のヴィンプフェン・アム・ネッカーに生まれた[1]。
死没
1803年1月2日(69歳没)
ドイツ国民の神聖ローマ帝国 ヴァラーシュタイン
ジャンル
クラシック音楽
| イグナーツ・フォン・ベーケ Ignaz von Beecke | |
|---|---|
| 生誕 |
1733年10月28日 |
| 死没 |
1803年1月2日(69歳没) |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | 作曲家、ピアニスト |
生涯
フォン・ベーケは1756年からツォレーンのバイエルン竜騎兵連隊に所属しており、七年戦争では出兵していた。隊での働きが認められ、指揮官へと昇進している。クリストフ・ヴィリバルト・グルックに師事した彼は幅広い音楽の作曲をしていたが、当時の彼は専ら巧みなハープシコード演奏の技術によって知られていた。
1775年、ミュンヘンで当時19歳のモーツァルトに出会っており、両者は「Zum Schwarzen Adler」というよく知られた宿でピアノの腕比べを行った[2]。当時観衆の中にいた詩人で作曲家のクリスティアン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルトは、自身の『Teutsche Chronik』(1775年4月27日)にフォン・ベーケがモーツァルトよりも遥かに見事に演奏したとの見解を記している。「この冬のミュンヘンで、私は2人の最高のクラヴィーア奏者、モーツァルト氏とフォン・ベーケ指揮官を聴いた。モーツァルトの演奏には非常な重みがあり、また彼は我々が目の前に置いたものは何でも初演でこなしてしまった。しかしそれだけであった。ベーケは彼を遥かに凌駕していた。羽の生えたかのような敏捷性、優美さ、そして溶けるような甘美さ[3]。」
フォン・ベーケの教え子にはアンナ・フォン・シャーデンらがいる[4]。
フォン・ベーケはヴァラーシュタインで生涯を終えている。
主要作品
舞台作品
器楽曲
- 33の交響曲
- 1曲のシンフォニア・コンチェルタンテ
- 数曲のピアノ協奏曲
- ピアノ五重奏曲 イ短調
- 17曲の弦楽四重奏曲
- 6曲のフルート四重奏曲
- 多数のピアノ曲