ウード・ド・ヴィトリとルテル女伯マティルドの息子で、エルサレム王ボードゥアン2世の甥にあたる。母よりルテル伯位を継承した。1129年3月、イティエは聖地に向かったが、その年にダマスカス十字軍に参加したかどうかは不明である。
イティエはナミュール伯ジョフロワ1世の娘ベアトリスと結婚した。2人の間には11人の子女が生まれた。
- ベアトリス(1130年 - 1185年3月30日) - シチリア王ルッジェーロ2世と結婚
- ジャン(1144年以降没)
- マナセ(1144年以降没)
- ユーグ(1166年以降没) - ランスのサン=レミ修道院の修道士
- マナセ4世(1199年没) - ルテル伯
- アンリ(1191年没) - ヴィトリ城主
- ボードゥアン(1198年かそれ以降没) - シメリー領主
- アルベール(1195年かそれ以降没) - リエージュの助祭長
- シモン
- クレマンス(1190年以降没) - リエージュ司教ユーグ・ド・ピエルポン(英語版)と結婚
- 娘 - シャロンのヴィダム(英語版)ジョフロワと結婚
イティエの死後、ルテル伯位は息子マナセ4世が継承した。