イブライム・バレ・マイナサラ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| イブライム・バレ・マイナサラ Ibrahim Baré Maïnassara | |
ボイス・オブ・アメリカが作成した肖像画 | |
| 任期 | 1996年8月7日 – 1999年4月9日 |
|---|---|
| 任期 | 1996年1月27日 – 1996年8月7日 |
| 出生 | 1949年5月9日 ドゴンドゥーチ、ドッソ州 |
| 死去 | 1999年4月9日 ニアメ |
| 政党 | 独立民主復興国民連合(UNIRD)→ 民主進歩連合(RDP) |
イブライム・バレ・マイナサラ(Ibrahim Baré Maïnassara, 1949年5月9日 - 1999年4月9日)は、ニジェールの軍人、政治家。1996年にクーデターで当時の民政を倒し、軍事政権を打ち立てた。その後は同国大統領(1996年 - 1999年)を務めたが[1]、1999年に自身もまたクーデターで失脚、殺害された。
ニジェールの公用語はフランス語であり、Ibrahimの発音はイブラヒムではなくイブライムとなる。また、マイナサラをメナサーラとする資料もある。
1996年クーデター
大統領就任と民政移管
マイナサラの政権運営
アマドゥ・シセ前経済相を首相とする新内閣の任命が終了し、民政移管が完了すると、マイナサラは自らの支持基盤として与党独立民主復興国民連合(UNIRD)を設立した。だがその後、新与党として民主進歩連合(RDP)が設立された。1997年8月、RDP党首にハーミド・アルガビード元首相が選出され、マイナサラを支える強力な政治家として活動した。同年11月、野党との対立やストライキ問題を解決できないとして、マイナサラはシセを首相職から解任し、イブライム・ハッサン・マヤキ外相を新首相に任命した。
マイナサラは政権に就いている間、一貫して野党の活動を制限し、RDP優位の国政を維持しようとした。それが結果的に、1997年11月の国民議会選挙の野党のボイコットを誘発した。