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イメンシュタット - オーバーストドルフ線

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起点 イメンシュタット駅
終点 オーベルストドルフ駅
イメンシュタット - オーベルストドルフ線
基本情報
ドイツの旗 ドイツ
所在地 バイエルン州
起点 イメンシュタット駅
終点 オーベルストドルフ駅
路線記号 5402
路線番号 970, 975
開業 1873年11月16日
全通 1888年7月30日
路線諸元
路線距離 21 km
軌間 1435 mm(標準軌
線路数 単線
最高速度 80 km/h
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線
STR
アウクスブルク - リンダウ線
BHF
0.0 イメンシュタット 731 m
ABZgl
アウクスブルク - リンダウ線
BHF
4.2 ブライヒアッハ(アルゴイ)
WBRÜCKE1
グンツェスリート・アッハ川 (23 m)
WBRÜCKE1
イラー川 (61 m)
eABZgl exSTR+r
1949年移設
SBRÜCKE exSTR
国道B19
SBRÜCKE exBUE
国道B308
BHF exSTR
8.0 ゾントホーフェン 1949-
STR exABHFl+l
8.33
0.00
旧ゾントホーフェン駅 -1949
eABZg+l exSTRr
1949年移設
BHF
11.029
3.96
アルトシュテッテン(アルゴイ)
eHST
12.9 旧タールホーフェン駅 -1961
WBRÜCKE1
イラー川 (44 m)
WBRÜCKE1
グルント小川
WBRÜCKE1
グルント小川 (26 m)
BHF
14.9 フィシェン 758 m
BHF
17.1 ランゲンヴァング 771 m
WBRÜCKE1
ブライトアッハ川 (41 m)
WBRÜCKE2
シュティルアッハ川
KBHFe
20.7 オーベルストドルフ 806 m

イメンシュタット - オーベルストドルフ線ドイツ語: Bahnstrecke Immenstadt–Oberstdorf)はドイツ連邦共和国バイエルン州イメンシュタットと同州のオーベルストドルフを結ぶ単線の地方交通線である。主要経由地はゾントホーフェンで、この路線は完全にオーバーアルゴイ郡内にある。この路線の大部分はイラー川の沿線で伸びて、アルゴイ地方観光地方面の優等列車はこの路線の誇りとして、多数のドイツ大都会と休養地の間を直接に連絡する。

1853年5月にルートヴィヒ南北鉄道(Ludwig-Süd-Nord-Bahn)のケンプテン - イメンシュタット間が開通されて、オーベルストドルフまでは駅馬車が用いられた。駅馬車は往路としてイラー川の左岸道路で、帰路として右岸道路で走行した[1]。また、市場町ゾントホーフェンは地方交通線の設置を企てた。1873年11月16日にイメンシュタット - ゾントホーフェン間隣接地域鉄道(Vizinalbahn)はバイエルン王立鉄道(略: K.Bay.Sts.B)により開通された[2]。バイエルン王国内に建設されたほかの地方鉄道の場合と異なって、国家は路盤工事費用の半分のみを負担した[3]。ゾントホーフェン駅では郵便馬車がオーベルストドルフ方面に運行された[4]

1886年6月にゾントホーフェン - オーベルストドルフ間の鉄道建設に関する委員会が組織されて、技術家レヒナー(Theodor Lechner, 1852-1932)を代表とした地方鉄道会社が自治体の提案を受け政府に建設許可を申し込んだ。レヒナー・ウント・クリューツナー社は1886年10月19日に建設許可を獲得して、レヒトの会社は1887年2月に創立された地方鉄道株式会社(Lokalbahn Aktien-Gesellschaft, LAG)の一部となった。LAGは1887年5月に鉄道敷設権および運営権を獲得して、同年9月1日に建設工事は開始された。1888年7月30日にゾントホーフェン - オーベルストドルフ間は開通され[5]、開通式は3日後に開催された[4]。既存のイメンシュタット - ゾントホーフェン区間はLAGにより運営されることになった。

1907年に冬季スポーツ大会向けの列車がケンプテン - オーベルストドルフ間に導入されて、1909年にバイエルン王国内のD列車が投入された[4]。1910年にドルトムント行きの優等列車と夜行列車路線が導入された。1910年6月中期にイラー川の川辺に豪雨と融雪に起因した洪水が発生して橋梁は破壊され路盤は損傷した。線路および鉄道橋はバイエルンの鉄道部隊(Eisenbahn-Pionier-Bataillon)により復旧された[4]

第一次世界大戦の終戦後、乗客数は経済難のため減少したが、オーベルストドルフで車両工場が新たに建設され輸送量・観光客数が増加した[6]

1938年6月16日に制定された法律によりLAGは1938年8月1日付きに国有化されて、この路線はドイツ国営鉄道(略: DR)アウクスブルク管理局に配置された[7]

ドイツ連邦鉄道(略: DB)は1949年10月2日にゾントホーフェンの線路移設および駅施設および駅舎移転を完了した。そのことで路線距離はおよそ1.0 km減少した。工事は1937年11月に開始されたが、戦争のため中止となって、1948年8月に再開された[6]

1961年にV100ディーゼル機関車がこの路線に導入されて、蒸気機関車を置き換えた。1971年5月にこの路線はミュンヘン管理局に配置された[6]

1983年5月に長距離特急(Fern-Express, FD)系統はハンブルク・アルトナ - オーベルストドルフ間に導入された。また、DBとドイツ旅行社(Deutsches Reisebüro, DER)が運営したアルペンゼー特急(Alpen-See-Express)は1980年代にオーベルストドルフまで走行した。1993年に一定間隔運行の導入でFD系統はIC系統に統合された。

2003年から2007年までミュンヘン - オーベルストドルフ間にアルゴイ急行列車はこの路線に120分ごとに走行した。この系統はイタリア鉄道系列アレクスの快速列車系統に置き換えられた。

2023年10月18日より4週間にゾントホーフェン - オーベルストドルフ区間は路盤整備のため封鎖された。原因はゾントホーフェン - アルトシュテッテン間に400 m長さのビーバー生息場所の穴が多数発見されたことである[8][9]。2024年4月以来、オーベルストドルフ駅に運転指令所を2027年12月まで新たに設置することは計画されている[10]

運行形態

外部リンク

脚注

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