インド理科大学院
From Wikipedia, the free encyclopedia
インド理科大学院(英語: Indian Institute of Science、略称:IISc)は、インド・カルナータカ州バンガロールに所在する国立の研究大学である。1909年に設立され、1911年に開校した。科学・工学分野を中心とする教育・研究を行っており、インドを代表する研究大学の一つとして知られる[1]。
| Indian Institute of Science | |
|
本館 | |
| 種別 | 国立 |
|---|---|
| 設立年 | 1909年 |
| 創立者 |
ジャムシェトジー・タタ クリシュナ・ラージャ4世 |
| 校長 | ゴヴィンダン・ランガラジャン |
教員数 | 490人(2026年1月31日現在) |
| 学生総数 | 5,678人(2026年1月31日現在) |
| 学部生 | 708人 |
| 大学院生 | 2,043人 |
博士課程在籍者 | 2,927人 |
| 所在地 |
インド カルナータカ州バンガロール |
| キャンパス | 都市型(約440エーカー) |
| 教授言語 | 英語 |
| 公式サイト |
www |
概要
研究雑誌である『Current Science』によると、インド理科大学院の研究成果がインド国内では最多である最優秀研究機関とされる。2005年度には特別予算として10億ルピー(2005年現在で約25億円)が支給された。
インド理科大学院は、基礎研究と応用研究のみに専念する国立の研究機関でもなく、教育に重点を置く大学でもない存在でありながら、最先端の研究成果を出し続けつつ充実した教育も提供してきた。比較的小さい機関であるため、単位取得に基づく課程編成や研究評価の手法の開発など、最新の知識継承の仕組みを導入し開発することができ、教育態勢の変革を行なうことができたことが、その最大の理由であると言えるであろう。
歴史
1890年代、ジャムシェトジー・タタは、インドの近代化には科学技術の発展と高度な研究人材の育成が不可欠であると考え、世界水準の研究大学の設立を構想した。1898年には私財を投じて研究大学の設立を提唱し、その計画をインド総督に提出した。[1]
設立計画についてはイギリス王立協会が諮問を受け、化学者ウィリアム・ラムゼーがインドを視察した結果、バンガロールへの設置を推奨した。また、マイソール藩王国首相K・セシャドリ・アイヤーの支援のもと、藩王クリシュナ・ラージャ4世は大学用地として372エーカー(約1.5km²)の土地を寄贈した。
1904年にジャムシェトジーは死去したが、その構想は後継者らに受け継がれ、1909年5月27日にインド理科大学院が正式に設立された。[1]
1911年には最初の学生を受け入れ、一般・応用化学科および電気工学科の2学科で教育・研究を開始した。初代学長(Director)にはイギリスの化学者モーリス・トラバースが就任した。[2]
教育・研究
インド理科大学院は、理学、工学、生物科学、航空宇宙工学、情報科学、材料科学など幅広い分野で教育・研究を行っている。大学院教育と研究を中心とする大学であり、多数の博士課程学生を擁する研究大学として発展してきた[1]。
評価
インド理科大学院は、科学技術分野におけるインド有数の研究大学として高い評価を受けており、2018年にはインド政府から「Institutions of Eminence(卓越機関)」に選定された[3]。