タタ・スチール
インドの企業
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概要
歴史
タタ・スチールの起源は、ジャムシェトジー・タタが構想したインドにおける近代製鉄所の建設計画に遡る。1904年2月24日、インドの地質学者プラマタ・ナス・ボース(P. N. Bose)は、現在のオディシャ州ゴルマヒサニで発見した鉄鉱石鉱床についてジャムシェトジー・タタへ書簡を送り、鉄鉱石鉱床について報告するとともに、製鉄所建設への活用を提案した[2]。
1907年、Tata Iron and Steel Company Limited(TISCO)として設立された。翌年からジャムシェードプルで製鉄所の建設が進められ、1912年には最初の鋼材を生産した。ジャムシェードプルは製鉄所を中心とした計画都市として発展し、現在も同社の主要な製鉄拠点となっている[3]。
1919年、第一次世界大戦への貢献を受け、インド総督チェルムズフォード卿により、サクチ(Sakchi)がジャムシェードプルへ、カリマティ駅がタタナガル駅へ改称された。[4]
2007年には英蘭系鉄鋼メーカーコーラス社を買収した[5]。
その後は欧州事業の再編を進め、2016年にはイギリスの条鋼事業の売却を決定した[6]。2017年にはティッセンクルップとの欧州鉄鋼事業統合で暫定合意したものの、欧州委員会の競争法審査などを踏まえ、2019年に統合計画を断念した[7][8]。
沿革
- 1904年2月24日 - プラマタ・ナス・ボースがジャムシェトジー・タタへゴルマヒサニ鉄鉱床について書簡を送付[2]。
- 1907年8月26日 - Tata Iron and Steel Company Limited(TISCO)として設立[3]。
- 1908年 - ジャムシェードプルで製鉄所の建設を開始[3]。
- 1912年 - 最初の鋼材を生産[3]。
- 2005年 - 社名をTata Steel Limitedへ変更[3]。
- 2007年 - コーラス社を買収[5]。
- 2016年 - イギリス条鋼事業の売却を決定[6]。
- 2017年 - ティッセンクルップとの欧州鉄鋼事業統合で暫定合意[7]。
- 2018年 - ブーシャン・スチールを買収[9]。
- 2019年 - ティッセンクルップとの統合計画を断念[8]。
- 2022年 - 子会社を通じてNeelachal Ispat Nigam Limited(NINL)の経営権を取得[9]。