イーコール
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イーコール(古希: ἰχώρ, Īchōr[注 1])は、ギリシア神話に登場する神もしくは不老不死者の血(霊液)である。長母音を省略してイコルとも表記される。
古典学者ジェフリー・S・カークによれば、「神々のもつ血液に相当する体液」としての用例は、古代ギリシアの詩人ホメーロスの叙事詩『イーリアス』中の2回のみで[注 2]、まずディオメーデースが女神アプロディーテーに傷を負わせた箇所がある[1]。原文・訳は次の通り:ディオメーデースが長槍を振り上げ[3]、
πρυμνὸν ὕπερ θέναρος·[注 3] ῥέε δ᾽ ἄμβροτον αἷμα θεοῖο |
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| —『イーリアス』5章 339‐342行[5] | —土井晩翠訳[2] |

そのまもなく後の行に、アプロディーテー(ディオーネー)がイーコール(ἰχῶ、416行)を両手で拭えば治ってしまっているので[7]、激痛のわりには人族のディオメーデースに負わされたのは軽傷であった[1]。ディオメーデースは、アテーナーにより神と人を見分ける能力を授かり、また、アプロディーテーを怪我させる許可もあらかじめ与えられていた[9]。
ディオメーデースがアプロディーテーを傷つける、まさにその瞬間に迫る場面が、サルティのタブラ・イーリアカのレリーフ彫刻に描写される(右図参照)[8]。
また、クレーテー島の神話に登場する神造の巨人タロースの体にも流れている[10][11]。偽アポロドーロス『ギリシア神話』(『ビブリオテーケー』)によれば、青銅人タロースは首からかかとまでたった一つの血脈が通っており、青銅の釘で留められていた。タロースはクレーテー島の警護をあずかり、島を巡回中にアルゴナウタイ(金羊毛を入手済のイアーソーンたち)が近寄るのを見つけ、アルゴー号に岩石を投げて攻撃した。魔術にたけたメーデイアは、タロースを薬で狂わせるか、不死を与えると口約束して騙し、(下のかかとの)釘をぬいて、
また、アレクサンドロス大王は、神の子を気取っていたため、王が負傷して流血した際に格闘家のディオクシッポスが、「それは神々の静脈に流れるイーコールですぞ」と言った逸話が残されている[16][17]。プルータルコス『対比列伝』(いわゆる『プルターク英雄伝』)では、大王自身が、これは「イーコールではない、血だ」と述べたことになっている[17][注 7]。