イーゼルで絵を描くフレデリック・バジール
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| フランス語: Frédéric Bazille peignant à son chevalet | |
| 作者 | ピエール=オーギュスト・ルノワール |
|---|---|
| 製作年 | 1867年 |
| 種類 | 油彩、キャンバス |
| 寸法 | 105 cm × 73.5 cm (41 in × 28.9 in) |
| 所蔵 | ファーブル美術館、モンペリエ |
『イーゼルで絵を描くフレデリック・バジール』(イーゼルでえをかくフレデリック・バジール、仏: Frédéric Bazille peignant à son chevalet)は、フランスの印象派の画家、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841–1919)の初期の作品で、友人の画家のフレデリック・バジール(1841–1870)を描いた油彩画である。1867年に制作され、1986年にオルセー美術館が購入し、2006年からバジールの故郷に近いフランス、モンペリエのファーブル美術館に貸し出されている。
1866年のルノワールは『二人の人物のいる風景画(Paysage avec deux personnages)』をパリのサロンに出展したが落選していて、深刻な経済的困難の状態にあった。一方、フレデリック・バジールは裕福な家庭の出身で両親からの定期的な送金を受けていて、パリのヴィスコンティ通りに大きなスタジオを借りていた。2人の画家は親しい友人になった[1]。同じ年にフレデリック・バジールもルノワールの肖像画を描いた。
『イーゼルで絵を描くフレデリック・バジール』は静物画「Nature morte au héron」(ファーブル美術館蔵)を描いているバジールを描いている。前景に、横顔の画家が描かれ、背景の壁には2枚の絵画が掛けられていて、そのうちの1枚はクロード・モネの風景画『オンフルールの雪の中の道(La Route sous la neige à Honfleur)』である。この作品のスタイルは同時期にエドゥアール・マネ(1832-1883)が描いた『エミール・ゾラの肖像』と共通する要素が見られる[2][3] 。
この作品はエドゥアール・マネがルノワールから入手し、1876年まで所有し、1876年の第2回印象派展に印象派の画家たちの同志であって1870年の普仏戦争で戦死したフレデリック・バジールを偲ぶために、貸し出され展示された[4][5]。バジールの父親がこの展覧会でこの絵を発見し、入手を強く希望し、息子のコレクションにあったクロード・モネの『庭の女たち(Femmes au jardin)』[6] と交換する形で入手した[7]。フレデリック・バジールの弟がこの絵を相続し、弟により1924年にルクセンブール美術館に遺贈された。1986年にオルセー美術館に売却され、2006年からモンペリエのファーブル美術館に貸し出されている。