ウィリアム・ハミルトン (好古家)
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ウィリアム・ハミルトン(William Hamilton、1636年没、ジョン・ハミルトンの息子)とビアトリクス(Beatrix、旧姓ダグラス(Douglas、ジェームズ・ダグラスの娘)の三男として、1630年代に生まれた[2]。兄ジェームズ(1654年までに没)とジョン(1666年没)が息子のないまま死去したため[3]、ウィリアムは1666年にラナークシャーにおけるウィショーの地所を継承した[1]。
弁護士業に向けた教育を受け、1662年よりエディンバラで法廷外弁護士(Writer to The Signet)として開業した[2]。好古家と系譜学者としての名声があり、同時代の歴史学者・系譜学者ジョージ・クロフォードはハミルトンを「名高い好古家」(that fam'd antiquary)と呼称したほか[1][3]、好古家アレクサンダー・ニスベットは著作『紋章学の制度』(System of Heraldry、1722年)でハミルトンに恩義を感じると記述している[2][3]。
現存する著作は『Account of the Shyres of Renfrew and Lanark』(レンフルーとラナーク2州の記述)という手稿(スコットランド国立図書館所蔵[2])1件のみであり、その成立時期は1696年から1710年までとされる[1]。クロフォードとニスベットにとってこの著作は参考になったが、著作自体は長らく手稿のまま出版されず、1831年にウィリアム・マザーウェルの編集を経てメイトランド・クラブから出版された[1][4]。
1724年に死去、1人目の妻との間の息子ロバートの息子ウィリアムが領地を継承した[2]。