ウィリアム・リンジー (第18代クロフォード伯爵)
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第17代クロフォード伯爵ジョン・リンジーとマーガレット・ハミルトン(Margaret Hamilton、1666年以降没、第2代ハミルトン侯爵ジェイムズ・ハミルトンの娘)の息子として、1644年4月に生まれた[1]。1678年に父が死去すると、クロフォード伯爵とリンジー伯爵位を継承した[1]。父が浪費家[2]で家計が火の車だったため、債権者を受託者として財産を預けざるを得ず、この状況は孫ジョンの代にあたる1747年時点でも続いていたという[1]。
熱心な長老派であり、1685年にジェームズ2世および7世が即位すると「良心のために」国を離れようとしたが、出国許可を得られなかった[2]。そのため、宗教迫害を逃れるために引退生活を送った[2]。そして、1689年にウィリアム3世および2世が即位すると、長老派における影響力を買われて復帰[2]、1689年から1693年までスコットランド枢密院議長を務めた[1](ただし、枢密顧問官への就任は1690年6月3日[1])。また、1689年から1692年までスコットランド大蔵卿委員を務めた[1]。