ウィルレム・テン・ライネ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ウィルレム・テン・ライネ

ウィルレム・テン・ライネ[1](Willem ten Rhijne、1649年1月2日 (?) - 1700年6月1日)は、オランダ医師植物学者薬学者である。1674年、将軍徳川家綱の病気治療のため日本に招かれ、2年間滞日した。ヨーロッパに日本の植物や鍼灸について紹介した。

デーフェンテルに生まれた。ライデン大学で医学をフランシスクス・シルヴィウスに学び博士号を取得した。江戸幕府が将軍家綱の病気治療に名医の派遣を求め、オランダ東インド会社に雇われた。オランダのテッセル島を1663年6月に出発し、ケープ植民地で2週間滞在し、植物研究などを行った。この研究結果とコイコイ人に関して、1686年に発表した。

1674年夏に来日し、2年間滞在した。日本側の評価を得られなかったが、本木庄太夫の『阿蘭陀経絡筋脈臓腑図解』の翻訳を援助した[2]。日本を離れた後は主にオランダ領インドネシアで働いた。1683年に鍼述についてヨーロッパに紹介し、「acupunctura」という訳語を考案した。ハンセン病に関する研究も高く評価された。

参考資料

注釈

Related Articles

Wikiwand AI