ウェイン・ヘンダーソン
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| ウェイン・ヘンダーソン Wayne Henderson | |
|---|---|
| 出生名 | Wayne Maurice Henderson |
| 生誕 | 1939年9月24日 |
| 出身地 |
|
| 死没 |
2014年4月5日(74歳没) |
| ジャンル | フュージョン、ソウル・ジャズ、ジャズ |
| 職業 | ミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | トロンボーン |
| 共同作業者 | ジャズ・クルセイダーズ |
ウェイン・ヘンダーソン(Wayne Henderson、1939年9月24日[1] - 2014年4月5日[2])はアメリカ合衆国のトロンボーン奏者。ザ・クルセイダーズのメンバーだったことで知られている。
ヒューストン出身。高校時代にジョー・サンプル、ウィルトン・フェルダー、スティックス・フーパーと共にグループを結成。何度かグループ名を変えた後にジャズ・クルセイダーズとしてロサンゼルスに拠点を移して活動するようになった。クルセイダーズはフュージョンの先駆けグループとして、次第に注目を集めていった。
1970年代に入るとフュージョン・ブームに乗って、更に人気を獲得。後に独立してフュージョンの代表的ギタリストとなるラリー・カールトンが加入したこともあり、クルセイダーズはヒット曲を次々と世に送り出していった。そんな中、1976年にヘンダーソンは、プロデュース業に専念するためグループ脱退を決意する。
プロデュース業では、ビリー・コブハム、ナラダ・マイケル・ウォルデン、チコ・ハミルトンなどの作品プロデュースを手掛けた[3]。
ヘンダーソンの脱退後もクルセイダーズの人気は高まっていったが、メンバー間での意見の対立やレコード会社とのトラブルなどもあり、1983年にはスティックス・フーパーも脱退。残ったジョー・サンプルとウィルトン・フェルダーは、ゲスト・ミュージシャンを招いて活動していたが、このユニットも活動を完全に休止してしまう。
しかし、1992年に突如としてヘンダーソンがフェルダーとユニットを組んで複数のアルバムを発表。1995年にはラリー・カールトンも加わり、「ジャズ・クルセイダーズ」としての活動を再開した。これ以降、いずれかのメンバーが揃って活動することが多くなり、クルセイダーズを復活させるきっかけになった。
2003年の活動時には、メンバーの中で唯一不参加だったヘンダーソンだが、2010年にジョー・サンプルと来日してライブを行った他、カリフォルニア州パラデナにあるカルフォルニア音楽学院で教鞭もとるなど、音楽活動を続けていた。