ウォルター・ポンソンビー (第7代ベスバラ伯爵)
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第4代ベスバラ伯爵ジョン・ウィリアム・ポンソンビーと妻マリアの息子として、1821年8月13日にサリー州ローハンプトン(現グレーター・ロンドンの一部)で生まれ、パットニーで洗礼を受けた[1]。ハーロー校で教育を受けた後、1840年7月10日にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学、同年にB.A.の学位を、1843年にM.A.の学位を修得した[1][2]。
ポンソンビーはイングランド国教会の聖職者になり、1845年5月18日にグロスター大聖堂の執事に任命され、12月21日に司祭に任命された[2]。1845年から1846年までグロスター州ハザロップの牧師補(curate)を、1846年から1869年までドーセット州カンフォード・マグナの副牧師(vicar)を、1869年から1875年までデヴォン州ベア・フェラーズの教区牧師(rector)を、1875年から1880年までサマセット州マーストン・ビゴットの教区牧師を、1880年から1894年までサフォーク州スタットンの教区牧師を務めた[2]。
1895年3月12日に兄フレデリック・ジョージ・ブラバゾンが死去すると、ベスバラ伯爵位を継承した[1]。政治では自由統一党に属した[1]。
1906年2月24日にピムリコのエクルズトン・スクエア38号(38 Eccleston Square)で死去、3月2日にキルケニー県ピルタウンで埋葬された[1]。長男エドワードが爵位を継承した[1]。