ウォーレン・ベンソン
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デトロイトに生まれ、音楽のマグネット・スクールだったキャス工科高校(en:Cass Technical High School)で打楽器とホルンの演奏、音楽理論を学ぶ。十代からプロのドラムス、打楽器奏者として活動しており、1943年にミシガン大学に入学、学部生のあいだにデトロイト交響楽団のティンパニ奏者として、オーマンディ、ライナー、グーセンス、バーンスタインなどの指揮で演奏する[1]。
1950年から1952年にかけフルブライト奨学金に選ばれ、テッサロニキのアナトリア大学(en:Anatolia College)で教鞭を取り、合唱団を指導する。帰国後はイタカ大学、南メソジスト大学、イーストマン音楽学校で指導にあたる。イーストマン音楽学校ではリリアン・ファーチャイルド賞(Lillian Fairchild Award)、キルボーン特別教授などに選ばれ、退職後の1994年には名誉教授となる[2]。生徒にはエリック・エワゼンやロバート・パターソンなどがいる。世界吹奏楽協会や打楽器芸術協会の創設メンバーでもある。
作曲はほとんど独学で、100作以上の作品を書いており、40ヶ国以上で作品が演奏され頻繁に録音が行われている。特に合唱曲や、管楽器や吹奏楽のための作品で知られている。管楽器作品はより常套的な手法からは離れ、原色の音色、息の長いフレーズによって緊張感に満ちた時間を作りあげる[1]。ドナルド・ハンスバーガーは、「吹奏楽のシリアスなレパートリーへの、特に興味深い貢献者の一人」と述べている[3]。グッゲンハイム・フェローシップ(1981年)、ウィリアム・レヴェリ作曲コンテスト受賞、ピューリッツァー賞ノミネート(1998年)など数多くの賞を受ける。