ウガヤフキアエズ
伝承上の上古日本の治天
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概要
名
神話での記述
系譜
妻子
- 妃:玉依姫(たまよりびめ、玉依毘売命)
宮
『日本書紀』は、鸕鶿草葺不合尊が崩御した地を「西州之宮(にしのくにのみや)」と記す。
陵・霊廟

陵(みささぎ)の名は吾平山上陵(あひらのやまのえのみささぎ)。宮内庁により鹿児島県鹿屋市吾平町上名字吾平山にあるに治定されている(北緯31度17分16.64秒 東経130度54分54.78秒)。宮内庁上の形式は洞穴。
埋葬地は、日本書紀に「日向の吾平山上陵」と記載があるが、その伝承の地は南九州各地にある。明治7年に明治政府は、それらの中から旧薩摩藩の学者の意見を参考に鹿児島県鹿屋市(旧 肝属郡吾平町)鵜戸山を流れる姶良川に開いた岩窟「鵜戸窟」内の2つの塚を吾平山上陵に治定した。現在は宮内庁書陵部が管轄している(他の日向三代の神陵も鹿児島県内に治定)。
しかし日向国の人々からの反論が強く、国学者や宮内庁の調査によって、明治29年に鵜戸神宮背後の速日峯山上が「御陵墓伝説地 吾平山上陵」の参考地とされている。他に宮崎県西臼杵郡高千穂町とする説もある。