ウクライナ保安庁

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所在地 キーウウォロディミル通りウクライナ語版英語版33番地(本部庁舎)
定員
  • 2万9000名(2017年11月時点)[1]
  • 3万名(2014年2月時点)[2]
 ウクライナ行政機関
ウクライナ保安庁
Служба безпеки України
Security Service of Ukraine
SBUの旗
SBUの旗
役職
長官 イェウヘニー・フマーラウクライナ語版(代行)
組織
上部組織 ウクライナ大統領
概要
所在地 キーウウォロディミル通りウクライナ語版英語版33番地(本部庁舎)
定員
  • 2万9000名(2017年11月時点)[1]
  • 3万名(2014年2月時点)[2]
設置 1991年9月20日
前身 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国国家保安委員会ウクライナ語版ロシア語版英語版[注 1]
ウェブサイト
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ウクライナ保安庁(ウクライナほあんちょう、ウクライナ語: Слу́жба безпе́ки Украї́ни スルージュバ・ベスペークィ・ウクライーヌィ)は、ウクライナの法執行機関。ウクライナにおけるソ連時代のソ連国家保安委員会 (KGB) の後継機関である。略称はエズベウーまたはズブー (СБУSBU)。ウクライナ保安局と表記されることもある[3]

ロシアによるウクライナ侵攻

1991年9月20日最高会議により、ウクライナ国家保安庁の創設に関する決定が採択された。同命令により、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国国家保安委員会ロシア語版ウクライナ語版が廃止された。1992年3月25日、最高会議はウクライナ保安庁に関する法律を採択した。

KGBが機能別に分割されたロシア連邦と異なり、ウクライナ保安庁は旧KGBの機能をほぼ継承した。強大な力を有するため、しばしばウクライナの政治に介入、あるいは逆に政治家に利用される事態となっている。権限縮小の議論は以前からなされており、対外諜報機能は2004年ウクライナ対外情報庁に移管され、通信傍受・通信保全を担当している特殊遠距離通信・情報保護部は2006年2月23日付でウクライナ国家特殊通信庁ウクライナ語版ロシア語版英語版に権限を移管した。

2005年9月時点で、SBU庁舎はウクライナの首都キーウの中心マイダーン・ネザレージュノスチ(独立広場)から徒歩10分程の市街に置かれており、近寄りがたいKGBのイメージに反し、面しているウォロディミル通りウクライナ語版英語版(ヴラジーミル通り)に人通りが少なくないこともあり、誰でも簡単に近付くことができる。この通りにはキエフ・ルーシ時代の建造物の復元である黄金の門聖ソフィア大聖堂の他にホテルもあり、外国人も含めて毎日多くの人が行き交っている。

2022年、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、Youtubeの公式アカウント(参照: #外部リンク節)上でロシア兵の通信を傍受した音声とする動画などをアップロードしている[4]。また、ロシアの著名人や軍人の暗殺(ダリア・ドゥギナの暗殺に関与したとの主張がある。また、ロシア軍の将官でNBC防護部隊を指揮していたイゴール・キリロフを暗殺している[5])やロシア側のスパイの摘発を行っている。

スパイ容疑者を逮捕しているウクライナ保安庁の捜査官

また、同庁はクリミア大橋爆破(2022年10月)や蜘蛛の巣作戦(2025年6月)などの特殊作戦も行っている[6]

組織

これ以外に、各州、直轄市、自治共和国に支局を有する。

歴代長官

ウクライナ保安庁長官ウクライナ語版英語版ウクライナ国家安全保障・国防会議の常任議員であり、任免は大統領の提案に基づいて最高会議(国会)決議により決定される。

ウクライナ保安庁の歴代長官
氏名階級就任退任
暫定 ニコライ・ゴルシコ 大将 1991年9月20日 1991年11月6日
1 イェヴヘーン・マルチューク 上級大将ウクライナ語版英語版 1991年11月6日 1994年7月12日
2 ヴァレリー・マリコフウクライナ語版ロシア語版英語版 大将 1994年7月12日 1995年7月3日
3 ウォロディミル・ラドチェンコ 上級大将 1995年7月3日 1998年8月22日
4 レオニード・デルカッチ 上級大将 1998年8月22日 2001年2月10日
5 ウォロディミル・ラドチェンコ 上級大将 2001年2月10日 2003年9月2日
6 イーホル・スメシコウクライナ語版ロシア語版英語版 上級大将 2003年9月4日 2005年2月4日
7 オレクサンドル・トゥルチノフ なし(文民) 2005年2月4日 2005年9月8日
8 イーホル・ドリジュチャーヌィイ 上級大将 2005年9月8日 2006年12月22日
9 ヴァレンティン・ナリヴァイチェンコウクライナ語版ロシア語版英語版 なし(文民) 2006年12月22日 2010年3月11日
10 ヴァレリー・ホロシコフスキーウクライナ語版ロシア語版英語版 上級大将 2010年3月11日 2012年1月18日
11 イーホル・カリーニンウクライナ語版ロシア語版英語版 大将 2012年2月3日 2013年1月9日
12 オレクサンドル・ヤキメンコウクライナ語版ロシア語版英語版 少将 2013年1月9日 2014年2月24日
13 ヴァレンティン・ナリヴァイチェンコウクライナ語版ロシア語版英語版 なし(文民) 2014年2月24日 2015年6月18日
14 ヴァシーリー・フリチャクウクライナ語版ロシア語版英語版 上級大将 2015年6月18日 2019年8月29日
15 イワン・バカノフ 上級中尉ウクライナ語版ロシア語版英語版 2019年8月29日 2022年7月19日
16 ヴァシーリー・マリューク 中将 2022年7月19日 2026年1月13日

批判

2022年3月16日、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ウクライナ保安庁およびウクライナ内務省Telegramを始めとする多数のSNS上で、ロシア兵捕虜の個人情報が特定できるような画像、動画を公開していることは、ジュネーブ諸協定に違反しており、中止すべきだとの見解を示した[7]。一方、ロシア兵士の母の委員会連合の事務局長ヴァレンティーナ・メルニコワロシア語版は兵士の家族を援助する実務者の立場から「これらは家族が愛する人を見つけるために非常に役立っています。これは、兵士が生きているかどうか、捕虜になっているかどうかを調べ、ロシア当局に知らせる唯一の方法です。この過程で、ロシア政府も巻き込み、捕虜の解放に取り組み始めた」「あの動画や写真こそが、唯一の情報源なのです。ロシアとウクライナが当然のように合法的かつ公的にリストを交換しているのであれば、必要ないだろう。しかし、こちら側(ロシア)がリストを公開していない以上、倫理違反なんて知ったことではありません」と述べている[8]

脚注

関連項目

外部リンク

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