ウグリチ公国は1216年にロストフ公(後にウラジーミル大公)コンスタンチンが、ロストフ公国を息子たちに分割相続させたことで成立した。初代のウグリチ公はコンスタンチンの子のウラジーミルであった。
その後、1320年のユーリーの死後、ウグリチ公国はモスクワ公国の支配下に置かれ、モスクワ公家のうち年少の人物が同国を管理するようになった。モスクワの管轄下でウグリチ公国は存続し続け、リトアニア大公国の拡張とモスクワ大公国(後にロシア・ツァーリ国)の中央集権化の中で消滅していくルーシの諸公国の中で、もっとも最後まで存続した公国となった。その統治者であるウグリチ公は総勢23名に上った[1][2]。