ウスコケ (駆逐艦)
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ウスコケ (SMS Uskoke) はオーストリア=ハンガリー帝国海軍の駆逐艦。フサール級。艦名はアドリア海のクロアチア人海賊uskokにちなむ[1]。
第一次世界大戦
1906年9月1日起工[2]。1907年7月20日進水[2]。同年12月31日竣工[2]。
1914年8月24日。モンテネグロの沿岸陣地を砲撃する巡洋艦「シゲトヴァール」を掩護[3]。
10月17日、フランス艦隊出現により「ウスコケ」は水雷艇「13」および潜水艦2隻と共に出撃[3]。「ウスコケ」と水雷艇は敵を潜水艦のそばへ誘引しようとしたが、フランス装甲巡洋艦「Waldeck-Rousseau」に対する攻撃は失敗[3]。砲撃を受けるも全艦無事に逃れた[3]。
10月18日夜に「ウスコケ」と「シャルフシュツェ」、「シュトライター」、「ウラーン」はアンティバリ港内に入り砲撃を行った[4]。または、10月17日に「シャルフシュツェ」が、10月18日に「シュトライター」と「ウラーン」が砲撃を行い、「ウスコケ」は11月18日に砲撃[5]を行った[6]。
1915年5月23日、イタリアはオーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告。同日、オーストリア=ハンガリー帝国海軍の戦艦などは出撃し、アンコーナなどの攻撃へと向かった。それに先立つ5月19日、南からのイタリア艦隊来襲に備え偵察部隊が出撃した[7]。そのうちの一つは巡洋艦「アドミラル・シュパウン」と駆逐艦「ウスコケ」、「シュトライター」、「ヴィルトファング」からなるHグループで、ラゴスタ島とペラゴーザ島との間へと向かった[8]。5月23から24日の夜に偵察部隊はイタリア沿岸の目標攻撃を命じられ、Hグループは24日にテルモリ・カンポマリーノ間の鉄道上の目標とトレーミティ諸島を攻撃した[9]。
7月27日、巡洋艦「アドミラル・シュパウン」、「ノファラ」が駆逐艦「ウスコケ」、「シャルフシュツェ」、水雷艇「75T」、「76T」、「79T」とともにアンコーナ・ペーザロ間の鉄道を攻撃した[10]。
12月9日、巡洋艦「シゲトヴァール」などとともにアンコーナ攻撃を行う水上機を支援[11]。
1916年3月16日、座礁した駆逐艦「トゥルル」の救難作業に従事[3]。
6月23日、「ウスコケ」と駆逐艦「シュトライター」、水雷艇「T8」、「T10」、「T12」はジュリアノーヴァ付近の鉄道攻撃に向かったが、悪天候のため(イタリアの武装列車が理由とも)攻撃は中止となった[12]。
1917年4月22から23日の夜、「ウスコケ」と駆逐艦「シュトライター」、「Warasdiner」はオトラント海峡へ出撃したものの敵と出会わなかった[13]。
1918年4月5日、オーストリア=ハンガリー帝国軍はアンコーナの魚雷艇奪取を目的としたコマンド作戦を実行[14]。上陸に使うモーターランチを水雷艇「96」が曳航し、「ウスコケ」がそれを護衛した[14]。この作戦は失敗に終わっている[15]。
戦後は1920年にイタリアに引き渡され、解体された[16]。