ウバポ
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1980年代の終わり頃、バンドデシネ作家ルイス・トロンダイムは、全編がひとつのコマのコピーで作られているLe dormeur(眠る人) や Psychanalyse(精神分析)、「抽象漫画」と銘打ち、作品から意味や言葉を廃し抽象的な図形の連続だけで作品を成立させたBleu(青) や La nouvelle pornographie(ヌーベル・ポルノグラフィー)といった実験的な作品群で評判を取っていた。Psychanalyse完成ののちには、トロンダイムは仲間の漫画家ジャン=クリストフ・ムニュに促され、ムニュの描いた4つだけの文のないコマをもとにして物語を作る試みも行った。トロンダイムはこの4つのコマを組み合わせて(しばしば一種だけのコマを使い)20組の4コマ漫画を作り上げ、さらに新しい4種のコマを描くようムニュに頼み、このようにしてMoins d'un quart de seconde pour vivre(生きるための四分の一秒)が出来上がった。こうしたウリポの文学実験にも似たトロンダイムの実験的な漫画制作の成果がウバポ成立の基礎となった[1]。
ムニュ、トロンダイムと他の6人の漫画家と、漫画史家のジル・シマンは、パリのアーティストが出入りするアトリエNawak(「Nawak」は「ナンセンス」を意味するスラング)で頻繁に会い、酒の席上で拘束を課した漫画制作について語り合った。こうして1992年にウバポは「拘束は芸術家の魂を自由にする」との標語のもと[2]Ou-x-poの傘下団体として設立され、ルイス・トロンダイムが関わった独立系漫画出版社アソシアシオンの出版物上で告知が行われた。
設立後の10年の間に、9人の設立メンバーは年に3度会合を行い、様々な拘束を作り出して作品制作を続けた。ウバポはスクロウバブルというボードゲームを作り出した。これはをスクラブルを基にしており、ただし文字の代わりに漫画のコマが用いられるものである。ウバポの最初の作品集『OuPus 1』は1997年に刊行され、2003年から2005年にかけてさらに3冊の作品集が出版された。加えてパリで数回の作品展示会も行われている。
2005年にトロンダイムとムニュとの間でグループの方針に関して仲違いが起こり、2006年秋にトロンダイムがグループを脱退した。その後2007年に設立メンバーの一人が、2008年に先述のシマンがそれぞれムニュとの意見の相違からグループを脱退している[2]。2010年11月、ウバポの代表メンバーはレンヌで行われたウリポの50周年記念祝典に出席し、観衆の前でスクロウバブルの実演パフォーマンスを行った[2]。