ウラジーミル・ジェボアーゼ
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1990年の世界ジュニアではオール一本勝ちで優勝するなど、早くから古賀稔彦の最大のライバルとなりうる存在としてクローズアップされていた。しかし、1990年の嘉納杯では準決勝で古賀に背負投で敗れるが、3位決定戦ではアメリカの選手を開始僅か2秒の背負投で仕留めて3位となった。1991年の世界選手権では準決勝で地元スペインのホアキン・ルイスに出足払で敗れて3位となり、優勝した古賀との対戦はなかった。1992年はグルジアの政情不安定の影響などもあって、結果としてバルセロナオリンピックには出場できなかった。1993年のヨーロッパ選手権では優勝するが、世界選手権では初戦でバルセロナオリンピック65kg級で優勝したブラジルのロジェリオ・サンパイオに敗れた。その後は1996年のアトランタオリンピックに出場するものの、3回戦で敗れた[1]。