ウルピア・マルキアナ
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| ウルピア・マルキアナ Ulpia Marciana | |
|---|---|
| ネルウァ=アントニヌス朝 | |
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ウルピア・マルキアナ頭部像 メトロポリタン美術館所蔵 | |
| 全名 |
ウルピア・マルキアナ Ulpia Marciana |
| 称号 | 皇姉 |
| 出生 |
西暦30年(48年説あり) |
| 死去 |
西暦112年(114年説あり) |
| 配偶者 | ガイウス・サロニウス・マティディウス・パテルニヌス |
| 子女 | サロニナ・マティディア |
| 父親 | マルクス・トラヤヌス |
| 母親 | マルキア |
ウルピア・マルキアナ(Ulpia Marciana 30年/48年 - 112年/114年)は、ローマ帝国の貴族で、第13代皇帝トラヤヌスの姉。
ウルピア・マルキアナは元老院議員マルクス・トラヤヌスと元老院議員の娘であったマルキアとの長女として生まれた。弟は後に第13代皇帝となるトラヤヌスであるが、同じ一族の故郷イタリカで生まれたかは不明である。
法務官経験者の元老院議員ガイウス・サロニウス・マティディウス・パテルニヌスと結婚、一人娘となるサロニナ・マティディアを儲けた。78年に夫が病没すると再婚はせず、弟トラヤヌスの庇護の下でマティディアの養育に専念した。トラヤヌスは姉と姪を大切にし、105年には本来は皇帝の妻にのみ与えられるアウグスタ(ローマ皇妃)の称号を皇姉たるマルキアナに与えようとした。マルキアナはこれを拒否したと伝えられるが、トラヤヌスの皇妃ポンペイア・プロティナ・クラウディア・フォエベ・ピソは最後には彼女は夫からの名誉を受けたと主張している。
アンコーナに作られたトラヤヌスの凱旋門には皇帝トラヤヌス、皇妃ポンペイアと並んで皇姉マルキアナの肖像が彫られている。これ以外にも無数の建築物や記念碑に皇姉マルキアナの名や姿が彫られ、しばしば弟の治世を助けることすらしたと言われている。112年から114年の間にウルピア・マルキアナは病没したが、トラヤヌスは姉を神の列に祭る事を元老院に承認させた。
また彼女の娘サロニナ・マティディアは子供のいなかったトラヤヌスにとっての数少ない肉親であり、トラヤヌス家の血統を後世に伝える役目を果たした。