ウード2世・ド・ポルオエ
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| ウード2世・ド・ポルオエ Eudes II de Porhoët | |
|---|---|
|
ブルターニュ公 ポルオエ副伯 | |
| 在位 | 1148年 - 1156年 |
| 死去 |
1180年以降 |
| 配偶者 | ブルターニュ女公ベルト |
| エレオノール(ジャンヌ)・ド・レオン | |
| 子女 |
ジョフロワ アデライード ウード3世 アンリ エレオノール アリス |
| 家名 | ポルオエ家 |
| 父親 | ポルオエ子爵ジョフロワ |
| 母親 | アヴォワーズ |

ウード2世・ド・ポルオエ(フランス語:Eudes II de Porhoët, ? - 1180年以降)またはウードン2世(ブルトン語:Eudon II)
ポルオエ副伯であった人物。ポルオエ副伯ジョフロワとアヴォワーズの息子。妻の権利により1248年にブルターニュ公となった。
1148年ごろ、ウード2世はブルターニュ女公ベルトと結婚し、妻の権利によりブルターニュ公となった[1]。ウードにとっては初婚、ベルトにとっては再婚であった。ベルトは最初に初代リッチモンド伯アラン黒伯と結婚、1146年に死別していた[1]。ベルトが死去した際、ウードはベルトと最初の夫との息子コナン4世の継承を拒否し[2]、義弟オエル3世と同盟を結んだ。最終的にウードは義子コナン4世により廃され[1]、コナン4世と同盟を結んでいたラウル・ド・フージェールにより捕えられた。
ウードは1167年にレオン副伯ギヨマルシュ6世(fr)の娘と再婚した。後世の著者らは妻の名をエレオノールまたはジャンヌであったとしている[注釈 1]。