エアラミング

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1944年にヘルムート・エルガールド英語版が描いた"Ich ramme(我、体当たりせんとす)"。ドイツ国防軍空軍の戦闘機がB-17フライングフォートレスに体当たりを敢行する場面。

エアラミング(Air rammingまたはAerial ramming)とは、航空機が空中から故意に体当たり攻撃すること。エアラミングは、体当たり後に攻撃側のパイロットが生き残る(相手だけを倒す)ことを考えた戦術とされ、日本が行った自死前提の「カミカゼ」特攻とは趣旨が異なる[注釈 1]

エアラミングは航空戦における土壇場の戦術とされ、他の方策が全て失敗した時に実行されることもある。最初のエアラミングは、第一次世界大戦中の1914年にピョートル・ネステロフによって実行された。この戦術は第二次世界大戦の初期にソ連のパイロットにも引き継がれ、「タラーン」(ロシア語: Таран)戦術と呼ばれた。これはロシア語で破城槌を意味する語である。

体当たりするパイロットは槌として機体の重さを利用したり、自機のプロペラや翼を使って敵機の尾翼主翼を壊すことで、敵飛行機をコントロール不能に陥れる。パイロットが弾薬を使い果たしてもなお敵を破壊しようと試みる時、もしくは既に乗機が助からないほど損傷してしまった時に体当たりは実施された。エアラミングの大半は、攻撃側の機体が低コストで戦略的または戦術的に敵機よりも価値が低い場合に実施された。例えば、優れた敵機に対抗して旧式航空機でパイロット飛行する場合や、複数の相手を殺すために自分1人の生命を危険にさらすような場合である[2][3][4]。防衛側は、攻撃側よりもしばしば体当たり行為に訴えた。

体当たり攻撃は、「カミカゼ」特攻と同じような自殺行為だとは見なされていない。非常に危険ではあったが、体当たり攻撃を行うパイロットにとって生き延びるチャンスは絶無ではなかった。たまに体当たりした機体そのものが生き残って、制御された着陸を果たすこともあった、とはいえ大半が戦闘での損傷やパイロットの緊急脱出のために機体を失った。エアラミングは20世紀前半、2つの世界大戦とその間の期間における航空戦で用いられた。ジェット機では、空中の戦闘速度が増加するため体当たりが使われなくなり、体当たり攻撃を成功させ、そして生き残る確率が不可能に近いほど低くなった。しかしながら、この戦術はまだ可能であり、現代戦闘で廃止されてはいない。

XP-79はその機体形状から『フライング・ラム (空飛ぶ衝角) 』と呼ばれ、高い機体強度により敵を切りつける攻撃を念頭にしているとの噂が流れた。実際には、同機は機銃を搭載している。

技術

技術的には、3種類の体当たり攻撃が行われた[2]

  • 背後から飛来し、プロペラを使って敵機の尾翼を切り落として姿勢制御を奪う。これは実行することが最も難しいものだが、生き残る可能性が最も高いものでもあった。
  • 自機の翼を使って敵機体を損傷させ、操縦不能にさせる。ポリカルポフ I-16などいくつかのソ連の航空機は、この目的のために翼を強化していた[要出典]
  • 航空機全体を使っての直接体当たり。これは最も簡単だったが、最も危険な選択でもあった。

前者2つの選択肢は前もって常に考慮されていたが、高いレベルの飛行技術能力が必要とされた。最後の選択肢は事前計画されていたものも、戦闘中に決定を下すこともあったとされている。いずれにしても、それは攻撃側のパイロットを頻繁に死なせることになった[2]

歴史

脚注

関連項目

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