エギ・マウラナ・フィクリ

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本名 エギ・マウラナ・フィクリ
ラテン文字 Egy Maulana Vikri
生年月日 (2000-07-07) 2000年7月7日(24歳)
エギ・マウラナ・フィクリ
名前
本名 エギ・マウラナ・フィクリ
ラテン文字 Egy Maulana Vikri
基本情報
国籍 インドネシアの旗 インドネシア
生年月日 (2000-07-07) 2000年7月7日(24歳)
出身地 メダン
身長 168cm
体重 65kg
選手情報
在籍チーム スロバキアの旗 FKセニツァ
ポジション MF(AMF)/FW(WG)
背番号 17
利き足 左足
ユース
2005-2012 インドネシアの旗 TASBIサッカースクール
2013-2018 インドネシアの旗 SKOラグナン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2018-2021 ポーランドの旗 レヒア・グダニスク 10 (0)
2021- スロバキアの旗 セニツァ 13 (2)
代表歴2
2014-2015  インドネシア U-16 6 (4)
2017-2018  インドネシア U-19 16 (15)
2017-  インドネシア U-23 13 (5)
2018-  インドネシア 11 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年1月5日現在。
2. 2022年1月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

エギ・マウラナ・フィクリインドネシア語: Egy Maulana Vikri2000年7月7日 - )は、インドネシアのサッカー選手。インドネシア代表。ポジションはMFもしくはFW

2017年10月にネクスト・ジェネレーション2017に選出された[1]

サッカー一家の生まれで、父がコーチを務めるサッカースクールでサッカーを始めた。U-12年代の大会で名をあげると、中学校からはスポーツ選抜の学校に進んだ。2016年のゴシアカップでは優勝の立役者として最優秀選手に輝いた[2]

2017年末にはタイ・リーグ2チャイナートFCからオファーが来るなど、国外でも知られる存在となった。しかし本人は専ら欧州を希望しており、渡欧してトライアルに参加する事とした[3][4]SLベンフィカスポルティングCPRCDエスパニョールヘタフェCFASサンテティエンヌアヤックス・アムステルダムレギア・ワルシャワ、それに加えてイタリアのクラブからもトライアルの打診を受けた[5][6][7][8]。しかし最終的にはエクストラクラサレヒア・グダニスクがトライアルなしでオファーを出してきたため、彼は選手としての出発点をこのクラブにする事に決めた。

2018年3月11日にレヒア・グダニスクに加入、契約自体は彼が18歳の誕生日を迎えたその日からの3年契約となる[9]。背番号は10番を与えられた[10]。同年12月22日にトップチーム初出場 を記録した[11]。また、翌年のスーパーカップでも途中出場を記録した[12]。しかしトップチームでの出場機会は増えず、2021年6月30日に契約満了で退団する事が発表された[13]

同年8月30日にフォルトゥナ・リーガFKセニツァが1年半延長オプションつきの半年契約で加入を発表[14]。9月12日の試合で移籍後初出場[15]。同月22日の試合ではスターティングメンバーに抜擢された[16]。11月27日には初得点を記録したが、猛吹雪のためにハーフタイムで中断、3日後に行われた後半でも得点を記録した[17][18]。フォルトゥナ・リーガでは週間ベストイレブンに選出された他、アジアサッカー連盟でも週間最優秀選手賞にも輝いた[19][20]

代表歴

参考文献

外部リンク

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