エクトール・アノトー
フランスの画家 (1823-1890)
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略歴
ニエーヴル県のドシーズの裕福な家に生まれた。兄に軍人のアドルフ・アノトー(Adolphe Hanoteau)がいる。1841年にパリのエコール・デ・ボザールに入学し、ジャン・ジグーのスタジオで学んだ。1849年に若手画家の登竜門であったローマ賞に応募するが落選した。
1853年に兄が駐留していたアルジェリアのメデアを訪れ、オリエンタリズムのスタイルの絵画を描き、1855年のパリ万国博覧会の展覧会に出展した。
1858年には、友人のギュスターヴ・クールベ と共作で『水浴びする2人のヌード』(Deux femmes nues)を描いた[1]。
1860年に結婚するが、息子のマルセルを残し、翌年妻は亡くなった。
故郷に近い、セルシー=ラ=トゥールに移り絵画学校を開いた。教えた学生にはLouis Marandat、Louis Marion、Gustave Comoyや Paul Martinや息子もマルセルがいた。ブラジルのイポリト・ボナヴェントゥラ・カロンやガルシア・イ・バスケス(Domingo García y Vásquez)らの外国からの学生も教えた[2]。
1870年から1892年の間、セルシー=ラ=トゥールの村長を務め[3]、1872年にレジオンドヌール勲章(シュバリエ)を受勲した。