エセル中田

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出生名 嶋岡 緋佐子
生誕 (1934-02-09) 1934年2月9日(91歳)
エセル中田
Ethel Nakada
1955年
基本情報
出生名 嶋岡 緋佐子
生誕 (1934-02-09) 1934年2月9日(91歳)
出身地 日本の旗 日本 東京府東京市芝区白金
学歴 学習院大学
ジャンル ハワイアン
担当楽器 ウクレレ
活動期間 1950年 -
レーベル 東芝音楽工業
テイチク
共同作業者 クイーン・シスターズ
ウェブリー・エドワーズとハワイ・コールズ
バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ
大橋節夫とハニー・アイランダース
ポス宮崎とコニー・アイランダース
大塚竜男とパーム・セレナーダス
小林隆とブルー・ハワイアンズ
和田弘とマヒナ・スターズ
ダニー飯田とパラダイス・キング
渡辺晋とシックス・ジョーズ
平岡精二クインテット

エセル中田 (えせる なかだ、1934年2月9日 - ) は、日本のハワイアン歌手。愛称は「サコ」[1]

嶋岡緋佐子として東京府東京市芝区白金に生まれる[2]。五女の末娘で、小学校4年生の頃から、姉たちの影響でハワイアン音楽に親しむ。

1950年、清泉女学院在学中に、姉の美穂子、都栄子らとともに「嶋岡美穂子とクイーン・シスターズ」を結成[2]。メンバーは、美穂子(スティール・ギター)、都栄子(ギター)、長澤途枝子(ギター。後の和田弘夫人)、緋佐子(ウクレレ、ヴォーカル)、加藤久子(ウクレレ)、日下部敦子(ベース)。

1952年、学習院大学に進学し、バッキー白片大橋節夫に師事した。グループ活動の傍ら、ソロ・シンガーとしての活動を開始。

1953年、映画『ハワイの夜』(新東宝、1953年1月公開)で、岸恵子の歌の吹替を担当[2]

1956年、美穂子の結婚に伴い、グループ名を「嶋岡都栄子とクイーン・シスターズ」に変更。

1958年、東京芝浦電気からシングル「カイマナ・ヒラ」でソロ・デビュー。同年5月3日、ハワイの短波ラジオ番組「Hawaii Calls」に日本人として初出演。ハワイ・コールズをバックに現地でレコーディング。[2]

1962年、二荒芳徳の長男で東芝音楽工業のレコーディング・ディレクターである二荒芳忠と結婚。

1993年、ハワイアン・ミュージックへの長年の貢献により、ハワイ州知事から表彰[2]

ディスコグラフィー

脚注

外部リンク

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