エドムンド・プランタジネット (ラトランド伯)
ラトランド伯
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
エドムンドはルーアンで生まれた。後の国王エドワード4世の弟であり、ブルゴーニュ公シャルル夫人マーガレット、クラレンス公ジョージ、国王リチャード3世の兄であった。
エドムンドはラットランド伯を名乗った。薔薇戦争中のウェイクフィールドの戦い(1460年12月30日)に敗れ、敵であるランカスター派のクリフォード卿の命令(一説にはクリフォード卿自身の手にかかって)によって17歳の若さで処刑された。エドムンドの首は、父リチャード、母方の伯父ソールズベリー伯と共に、ヨークの街の城門にさらされた。
シェイクスピアの戯曲「ヘンリー六世 第3部」の中では、ラットランド伯は史実とは異なり、一番下の弟ということになっており、「命乞いの後にクリフォード卿に惨殺される少年」という脚色された形で描かれている。