チャールズ・ロバート・レスリー
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ロンドンで生まれた。両親はメリーランド出身のアメリカ人で、父親は時計職人で1793年から6年間、ロンドンに住んでいた時の子供である。姉に料理本の著者として知られる、エリザ・レスリー(Eliza Leslie: 1787–1858)がいる[1]。5歳の時、家族とアメリカのフィラデルフィアに移った。フィラデルフィアの学校を卒業した後、本屋の店員となったが、絵と演劇が好きで、フィラデルフィアの劇場で俳優のクック(George Frederick Cooke)の劇を見た後、その場面を描いた作品がペンシルベニア美術アカデミーの職員の目に留まり、ヨーロッパ留学の奨学金を得ることができた。
1811年にロンドンに渡り、1813年にロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの美術学校でアメリカ出身のベンジャミン・ウエストらに学び、1817年からはパリやブリュセル、アントウェルペンで修行した。1821年にロイヤル・アカデミーの準会員に選出され、5年後に正会員に選ばれた。ロイヤル・アカデミーの展覧会に毎年出展した。1827年には設立されたばかりニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインの名誉会員に選ばれた[2]。1833年にニューヨークのアメリカ陸軍士官学校の教員に任じられ一時アメリカに戻るが、この仕事にはなじめず、6ヶ月ほどでイギリスに戻った。
著作家としても自伝などを残した[3] 。
1859年にロンドンで没した。
1825年に結婚し、6人の子供を得た。息子のブラッドフォード・レスリー(Bradford Leslie :1831-1926)は著名な土木技師となりナイトに叙せられた。別の息子、ジョージ・ダンロップ・レスリー(George Dunlop Leslie: 1835–1921)は画家になった。