エドモン・ディオネ
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フランス南部ドローム県のクレ(Crest)で実業家の息子に生まれた。1866年からクレの神学校で学び、1868年に家族とイタリアへ移り、1868年から1873年の間はトリノの市立学校で初等教育を受けた。その後家族とフランスに戻り、ドローム県に住んだ。1873年から1875年の間はクレのコレージュに通った。
父親がカナダへの移住を決めて、家族はリバプールを経由して、1875年5月にモントリオールに到着し、1882年にケベック州のローランティッド地域のラベル(Labelle)に定住し、父親は木材商として働いた。
1875年から1881年まで、エドモン・ディオネはモントリオールで、実業家のJean-Baptiste Pratが資金を提供して設立された美術学校(Institut national des beaux-arts)でジョゼフ・シャベール(Joseph Chabert: 1831-1894)に絵画を学んだ。1882年にイタリアに渡り、トリノのアッカデミア・アルベルティーナでアンドレア・ガスタルディやピエル・セレスティーノ・ジラルディに学んだ。1883年にナポリに移り、ヴィンチェンツォ・マリネッリ(Vincenzo Marinelli)に学び、1884年にはローマの在ローマ・フランス・アカデミーでも学び、1890年のローマでの国際美術展に出展した。
1890年にカナダに戻るとモントリオールに定住し、美術教師として働き始めた。1893年から、さまざまな展覧会に参加し、画家として認知され、1893年に王立カナダ美術アカデミーの準会員に選ばれ、1901年に正会員に選ばれた。1910年から1948年の間はアカデミーの書記を務めた[1]。1901年にアメリカのバッファローで開かれた汎アメリカ博覧会(Pan-American Exposition) の展覧会で銀メダルを受賞し、1904年のセントルイス万国博覧会のカナダ美術展でも受賞した[2]。
1922年に彫刻家のアルフレッド・ラリベルテ(Alfred Laliberté: 1877-1953)や画家、彫刻家のマルク=オーレル・ド・フォワ・スゾール=コテ(1869-1937)とともにモントリオール美術学校(Ecole des beaux-arts de Montréal)の創設メンバーになり、1822年から1825年の間、そこで教えた。その後、モントリオール工科大学やケベック州立芸術産業評議会(conseil des Arts et Métiers de la province de Québec)、マギル建築学校、モントリオール美術協会でも絵画の教授を務めた。ディオネの教えた学生にはNarcisse PoirierやClarence Gagnon、Thomas Garside、Alexander Young Jackson、Albéric Bourgeois、Marc-Aurèle Fortinらがいる[3]。
1954年にモントリオールで亡くなった。