モントリオールで、製粉会社の工場長の息子に生まれた。父親はガニョンを会社員にさせたかったが、イギリス生まれの母親は絵画を学ぶことを支援した。1897年からモントリオールのモントリオール美術協会(Art Association of Montreal)の絵画教室でウィリアム・ブリムナーに学んだ[1] 。その後修行のためパリに渡り、1904年から1905年の間、アカデミー・ジュリアンでジャン=ポール・ローランスに学んだ。その後フランスやイタリアを旅して、1909年にカナダに戻った[2][3][4][5]。
ケベック州のベー・サン・ポール(Baie-Saint-Paul) に住み、多くのカナダの自然や人々を描いた。特に雪に覆われた冬の風景を描くのを得意とした。
1914年のルイ・エモンの小説、『白き処女地(Maria Chapdelaine)』の挿絵も描いた。1922年にカナダ王立美術アカデミー(the Royal Canadian Academy of Arts )の会員に選ばれた[6]。1924年から1932年の間は再び、ヨーロッパに渡り、フランスで暮らした。ガニョンの指導を受けた画家にはルネ・リシャール(René Richard:1895–1982) らがいる。1942年にモントリオールで没した。