エリザ・ド・ラマルティーヌ
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エリザ・ド・ラマルティーヌ | |
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| Elisa de Lamartine | |
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ジャン=レオン・ジェロームによる肖像画 (1849) | |
| 生誕 |
1790年3月13日 フランス、ラングドック |
| 死没 |
1863年5月24日(73歳没) フランス、パリ |
エリザ・ド・ラマルティーヌ(Elisa de Lamartine、1790年3月13日 - 1863年5月24日)は、イギリス人の両親を持つ画家、彫刻家である。フランスの詩人、政治家のアルフォンス・ド・ラマルティーヌの配偶者になった。生まれた時の名前はメアリー・アン・エリザ・バーチ(Mary Ann Elisa Birch)で、マリアンヌ・ド・ラマルティーヌ(Marianne de Lamartine)とも呼ばれた。
フランス南部のラングドックでイギリスの軍人ウィリアム・ヘンリー・バーチ少佐の娘に生まれた[1][2]。1790年4月にベジエのサン・フェリックス教区で洗礼を受け、1792年5月にロンドンで洗礼を受けた[1][3]。
1820年6月、シャンベリーで詩人で王政復古後は外交官として働いていたアルフォンス・ド・ラマルティーヌと結婚し[2][4]、最初の息子は1821年にローマで生まれ、2人目の娘はフランス中部のマコンで生まれたが2人とも幼いうちに亡くなった[3]。
画家のアンリ・ドケーヌ(1799-1852)の弟子であったエリザ・ド・ラマルティーヌは夫の多くの詩の出版に際して、挿絵を描いた。1843年には彫刻家のフランソワ・ジョフロワと共に、パリのサン=ジェルマン=ロクセロワ教会(Église Saint-Germain-l'Auxerrois)の大理石製の洗礼盤のデザインに参加した。
1863年にパリで73歳で亡くなった[4]。