エリック・ミルトン
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
| |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ペンシルベニア州ベルフォント |
| 生年月日 | 1975年8月4日(49歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 220 lb =約99.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1996年 ドラフト1巡目(全体20位)でニューヨーク・ヤンキースから指名 |
| 初出場 | 1998年4月5日 |
| 最終出場 | 2009年6月27日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
エリック・ロバート・ミルトン(Eric Robert Milton , 1975年8月4日 - )は、アメリカ合衆国・ペンシルベニア州ベルフォント出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。
1996年に、ドラフト1巡目(全体20位)でニューヨーク・ヤンキースから指名を受け、プロ入り。マイナーリーグ時代の1997年オフにチャック・ノブロックとのトレードでブライアン・ブキャナン、クリスチャン・グーズマンと共にミネソタ・ツインズへ移籍し、1998年にツインズでメジャーデビューを果たした。メジャー1年目から規定投球回に達したが、5.64という防御率が示すように、良いピッチング内容とは言えなかった。
メジャー2年目の1999年以降は、防御率が4点台に落ち着き始め、9月11日のアナハイム・エンゼルス戦でノーヒットノーランを達成。しかし、防御率の数値が示すように、決して素晴らしいピッチングをしているわけでは無かった。2000年以降は3年連続での2桁勝利も記録。2003年は膝の手術の為、試合には殆ど出られず。同年12月3日に、ニック・プント、カルロス・シルバ、ボビー・コレッキーとのトレードで、フィラデルフィア・フィリーズへ移籍。
2004年は復活して14勝を記録したが、やはり投球内容は今一つ。特に本拠地がこの年開場したシチズンズ・バンク・パークが打者有利の球場だったためか、被本塁打が43本もある事も問題視されたため、シーズンオフにFAとなり、シンシナティ・レッズに移籍。先発ローテーションとして期待されたが、本塁打の出やすいグレート・アメリカン・ボール・パークが本拠地だった事も重なり、2年連続で被本塁打が40本を超え、防御率も6点台になってしまった。
2006年は、4月には膝の半月板を、9月には肘の遊離軟骨を除去する手術を受けたため、規定投球回には達せず。それなのに、29本もの本塁打を打たれ、5.19という、先発投手としては容認し難い数値を2年連続で記録してしまった。2007年も引き続き先発ローテーションに入って投げるが、開幕から4連敗と奮わず、左肘の手術のため戦線離脱。2008年はリハビリのため出場せず、回復のメドが立たなかったため、オフにレッズを解雇された。
2009年2月10日、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、5月に2年ぶりのメジャー昇格を果たした。