エルトマンハウゼン
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | バーデン=ヴュルテンベルク州 |
| 行政管区: | シュトゥットガルト行政管区 |
| 郡: | ルートヴィヒスブルク郡 |
| 市町村連合体: | マールバッハ・アム・ネッカー自治体行政連合 |
| 緯度経度: | 北緯48度56分32秒 東経09度17分44秒 / 北緯48.94222度 東経9.29556度座標: 北緯48度56分32秒 東経09度17分44秒 / 北緯48.94222度 東経9.29556度 |
| 標高: | 海抜 269 m |
| 面積: | 8.7 km2 |
| 人口: |
5,318人(2023年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 611 人/km2 |
| 郵便番号: | 71729 |
| 市外局番: | 07144 |
| ナンバープレート: | LB, VAI |
| 自治体コード: |
08 1 18 014 |
| 行政庁舎の住所: | Pflasterstraße 15 71729 Erdmannhausen |
| ウェブサイト: | www.erdmannhausen.de |
| 首長: | ビルギット・ハネマン (Birgit Hannemann) |
| 郡内の位置 | |
| 地図 | |
![]() | |
エルトマンハウゼン (ドイツ語: Erdmannhausen)は、ドイツ連邦共和国バーデン=ヴュルテンベルク州ルートヴィヒスブルク郡に属す町村(以下、本項では便宜上「町」と記述する)である。この町は、シュトゥットガルト地域(1992年まではミットレラー・ネッカー地域)およびシュトゥットガルト大都市圏に含まれる。
位置
エルトマンハウゼンは、ネッカー川とムル川との間、郡庁所在地ルートヴィヒスブルクから東に約 10 km のネッカー盆地に位置している。リーリングスハウゼンに近いハルトヴァルト内の無人の飛地はシュヴァーベン=フランケンの森に属す[2]。
隣接する市町村
わずか 1 km の場所にシラー都市マールバッハ・アム・ネッカーがある。この他の隣接市町村は、アファルターバッハ、キルヒベルク・アン・デア・ムル、マールバッハのリーリングスハウゼン地区、シュタインハイム・アン・デア・ムルがある。
自治体の構成
自治体としてのエルトマンハウゼンに属すのは、主邑のエルトマンハウゼンとハウス・ブクミューレとやや離れたエグロルフスホーフェン、イネレス・ヘフレ、オイセレス・ヘフレ、ヴァイカースハウゼンといった集落がある[3]。
土地利用
| 土地用途別面積 | 面積 (km2) | 占有率 |
|---|---|---|
| 住宅地および空き地 | 0.74 | 8.5 % |
| 産業用地 | 0.16 | 1.8 % |
| レジャー用地 | 0.07 | 0.8 % |
| 交通用地 | 0.66 | 7.6 % |
| 農業用地 | 5.05 | 58.0 % |
| 森林 | 1.60 | 18.4 % |
| 水域 | 0.04 | 0.4 % |
| その他の用地 | 0.38 | 4.4 % |
| 合計 | 8.70 |
州統計局の2018年現在のデータによる[4]。
歴史

エルトマンハウゼンは、ルートヴィヒ敬虔王がこの集落をムルハルト修道院に寄進した816年に初めて記録されている。14世紀からヴュルテンベルク伯がこの集落の一部を獲得し、1425年までには集落全域がヴュルテンベルク伯領に属した。この頃エルトマンハウゼンは、アムト・マールバッハ、その後オーバーアムト・マールバッハに属していた。エルトマンハウゼンは1534年に福音主義に転向した。三十年戦争では、1626年に軍隊がエルトマンハウゼンに侵入し、253人が死亡した。1644年に牧師館が焼失し、1655年には、最盛期には95棟あった建物のうち13棟が残るだけであり、かつて630人いた人口は89人に減ったままであった。プファルツ継承戦争では、4棟の納屋と8軒の家屋が焼失し、全住民が略奪に耐えた。
1938年の行政改革により、この町は新設されたルートヴィヒスブルク郡に属すこととなった。第二次世界大戦でエルトマンハウゼンは、何度も爆撃を受けた。最初の低空飛行による掃射では1945年4月7日で、2人が死亡し、ビーゲル地区の多くの建物が被害を受けた。4月半ばに武装親衛隊の工兵隊がシュヴァイス橋を爆破し、アメリカ兵が砲撃により駅を破壊した。これにより住民1人が死亡した。4月21日、ドイツ国防軍が撤退したこの町をアメリカ軍が占領した。
1963年にこの町の農地整理が始まった。1974年初め、住民の 90 % がマールバッハへの合併に反対し、この町の独立が護られた。2007年、2回目の中心部再開発が始まった。エルトマンハウゼンは、2016年に1200年祭を祝った[5]。
住民
人口推移
以下に各時点の町域における人口を示す。数値は、人口調査結果 (*) またはバーデン=ヴュルテンベルク州統計局の公的研究結果による。数値はこの町を主たる住所とする人口である。
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宗教
宗教改革以降、エルトマンハウゼンは福音主義の町である。町内には福音主義教会がある。
ローマ=カトリック信者はマールバッハ・アム・ネッカーの教会が管轄している。
福音主義=メソジスト教会は、1866年に設立されたゲザムトベツィルクス・マールバッハの一部としてこの町で活動しており、集会所を有している。
1932年から新使徒教会もエルトマンハウゼンで活動している。
行政
議会
エルトマンハウゼンの町議会は14議席からなる[6]。議会には選挙で選出されたこの名誉職の議員と議長を務める町長が参加する。町長は町議会において投票権を有している。
首長
ビルギット・ハネマンは2012年3月11日の選挙で、当時現職のルッツ・シュヴァイゲルトを破って町長に選出された[7]。ビルギットは2012年6月1日から町長職に就いている。バーデン=ヴュルテンベルク州では首長は8年ごとに選出される。
紋章と旗
図柄: 頂部は金地に黒いシカの角。主部は青地に、下端から突き出した左向き(向かって右向き)に曲がった金の修道院長杖。町の旗は、青 - 黄である。紋章と旗は1954年10月18日に認可された[8]。
修道院長杖は、長年この村を治めたムルハルト修道院を表している。シカの角は、その後ヴュルテンベルクに属していたことを象徴している。



