エルマンガルド=ジェルベルジュ・ダンジュー
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エルマンガルド=ジェルベルジュはアンジュー伯ジョフロワ1世とアデール・ド・モーの娘として[1]、956年ごろに生まれた[2]。973年にレンヌ伯コナン1世と結婚した[3]。この結婚はアンジュー家とブルターニュ公家の間で同盟を結ぶために計画されたにもかかわらず、エルマンガルドの父および弟フルク3世と夫コナン1世は対立した[4]。992年にコンクレイユの戦いでコナン1世がフルク3世に殺され、その後992年から994年まで息子ジョフロワ1世の摂政をつとめていた間も、エルマンガルドは弟フルク3世に対し忠実であった[4]。992年、弟の利益のため摂政として統治し、ブロワ伯ウード1世を上級領主と認めることを拒否し、レンヌ伯領に対しカペー家を上級領主として受け入れた[5]。
1000年ごろ[6]、エルマンガルド=ジェルベルジュは弟フルク3世により、アンジューと同盟を結んでいたアングレーム伯ギヨーム4世に再嫁した[7]。