エルモ・ホープ
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ジョー・モリス楽団に入団して音楽活動を開始する。1953年からニューヨークでリーダーとして録音を行い、ソニー・ロリンズやルー・ドナルドソン、クリフォード・ブラウン、ジャッキー・マクリーンのサイドマンとしても録音に携わった。チェット・ベイカーとも共演している。薬物使用のせいでニューヨークのキャバレーへの出演許可証を失ったため、1957年にロサンゼルスに移動する。ライオネル・ハンプトンと共演し、ハロルド・ランドやカーティス・カウンスと録音を行なった。リーダーとしては、フランク・フォスターやジョン・コルトレーン、ハンク・モブレー、アート・ブレイキー、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズと共演して録音を行なっている。録音のほとんどではトリオ編成を採っているが、稀にクィンテット編成を採る例もある。契約したレーベルは、ブルーノート・レコードやプレスティッジ、リバーサイドなどであった。
西海岸のジャズ界に幻滅して1961年にニューヨークに戻るが、薬物所持のために短期間投獄され、釈放後に演奏活動を再開した。録音はほとんどしなかった。1967年に薬物の過剰摂取のため急死した。